偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「本気だ、とは言わないんだな」
「――っ!」
グッと奥歯を噛む。きつく握りしめた掌に爪が食い込む。
「簡単に言葉には出来ないよな」
ムカつく。
俺とりとの関係を、わかったふうに話す皇丞に。
だが、言い返せない自分には、もっとムカつく。
「……先に帰る」
ジャケットの襟を正し、皇丞に背を向けた。
「理人」
「なんだ」
「梓の体調が良くなったら遊びに来てほしいと如月さんを誘ったんだ。りきくんも一緒に」
「そうか」
「お前も来いよ」
「は?」
「待ってるよ、しっちょー」
「――……っ!」
電話をかけてきた時、俺と力登の会話を聞いていたのだろう。
くそっ――!
俺が皇丞に茶化される日がくるとは。
「くくくっ」
気持ち悪い含み笑いを背中に感じながら、俺はいくつかのテーブルの脇を歩く。
出入口に近いテーブル席に座る女二人の視線に気づいたが、視線を合わせなかった。
経験上、目が合うと勘違いさせる。
合わない視線が合ったと思い込んで寄ってくる女もいるが。
この女のように。
髪の長い女とショートヘアの女。
立ち上がったのは、髪の長い女。
ショートヘアの女は、友人を止めるでもなく、面白そうに様子を見ている。手にはロックグラス。
それほどの関係かはわからないが、ショートの女はロングの女を見下しているように思えた。
その証拠に、ショートの女は横目で俺を見ながら足を組み替えた。
ロングの女は膝上の真っ赤なタイトスカート、ショートの女はグレーかブラックのパンツスタイル。
男なら生足に弱いと決めつけているロングの女と、そんな女に引っかかる男はバカだと見下しているショートの女。
以前の俺なら、誘いにのっただろう。
酒を飲みながら適当に話を聞いて、自分のことは一切話さず、ベッドで躍らせて、翌朝には寝顔に別れを告げる。
それで、良かった。
それが、良かった。
「もう帰っちゃうんですかぁ?」
立ち止まり、振り返る。
なんて言おうかなんて考えていなかった。
女のあざとい瞬きと甘ったるくのばした語尾に嫌悪を持った瞬間、自然と言葉が出た。
「……だとしたら?」
それだけだ。
俺は店を出た。
「感じわるっ!」
ヒステリックな女の声が聞こえたが、立ち止まりも振り返りもしなかった。
皇丞がほくそ笑んでいるだろう。
くそっ――!
無意識に靴音が加速する。
わかった口をききやがって!
本気だと言葉にするのは簡単だ。
誰にも、それが本当に本気なのかなんてわからない。
だからこそ、言えない。
伝えたいのは、皇丞じゃない。
もう、迷いなんてなかった。
急ぎマンションに帰り、自分の部屋ではなくりとの部屋の前に立った。
朝夕が肌寒い季節なのに、額やこめかみに汗がにじむ。
はぁ、とゆっくり息を吐き、インターフォンに手を伸ばす。
だが、人差し指は何にも触れることなく、ジャケットのポケットに滑り込んだ。
スマホを取り出し、メッセージを打つ。
〈話がある。力登は眠ったか?〉
こんなそっけない短文が、りとに送る初めてのメッセージになるとは。
じゃあ、どんなメッセージを送る気だったんだよ……。
既読にならないメッセージをじっと見る。
取り込み中か。
このドアの向こうにりとと力登がいる。
開けられないドアがやけに厚く、重く見えた。
二人をこの部屋から連れ出したい。
居心地が良いだけに、それが登の親が用意した檻のように思えるのだ。
登の母親が言っていた、りとに考えてほしいこと、も気になるしな。
彼女に話さなければいけないこと、聞きたいことが頭の中をめぐる。
スマホを見れば、やはり既読にはなっておらず。
冷静になろうと、俺は自分の部屋に帰った。