偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「正確には、俺は俺、りとはりとの噂だ。俺は、バツイチで子供がいるとか、認知もしていない隠し子がいるとか、不倫の末にできた子供を相手の夫の子供として育てさせているなんてことも言われているらしい」
「……子供?」
「ああ」
繋がれていない方の手でスラックスのポケットからスマホを取り出すと、器用に片手で操作する。
手を、離せばいいのにと思う反面、そうしないでくれていることが嬉しい。
「この画像が社内で広まった」
見せられた画面には、理人が子供を抱いてい歩いている姿。
「これ……」
「ああ。土曜日に撮られた」
顔こそ映っていないが、子供は力登だ。
眠っているのか、理人の肩にピタリと頭をくっつけて、後頭部しか映っていない。
「誰がこんなものを?」
間違いなく盗撮で、それを社内で拡散したとなると、社内の人間だろう。
理人は社内でも有名だしモテるから、面白おかしく拡散されたのかもしれない。
「鹿子木だ」
「鹿子木さん?」
結婚退職する朝礼で報告していたが、その後予定より早く休暇に入った。
私が風邪で休んでいた時のことだ。
「写真を撮ったのが鹿子木かは確かじゃないが、拡散したのは確かだ」
「どういうこと?」
「……俺や皇丞が自分になびかなかったことが気に入らなかったんだろう」
ぎこちない間があった。
それに、理人の声が、曖昧と言うか不確定と言うか、その場しのぎのように感じた。
「なにかあったの?」
「いや?」
「鹿子木さんは結婚退職なんでしょ? 理人や専務にフラれたからって、こんなことする?」
「……」
「理人」
繋がれていない手を彼の膝にのせると、理人の視線がそこに落とされた。
もっと上手に誤魔化したり嘘をついたりできそうなのに、今は力登並みにわかりやすく動揺している。
私は彼の膝から手を離し、繋がれていた手も離した。
背筋を伸ばす。
「私についての噂とはなんですか? それも、鹿子木さんが流したのですか?」
「りと――」
「――室長。社内での噂についてならば、勤務時間内に伝達いただくべきことですよね? まして、噂の根源が社内の人間ならば、なおさらです」
かわいくない。
そんなことはわかっている。
でも、力登が眠ったかを確認して、こんな時間にわざわざやって来て話すくらいなのだから、社内では話せない、話したくないことなのだろう。
とはいえ、明日、出社して噂の的だと好奇の目で見られたり、業務に支障が出る恐れがわずかでもあるのなら、線引きは必要だ。
納得できる正しい情報をよこせと言う私の意図を感じ取ったのか、理人は大きく息を吸い、盛大にため息をついた。
髪をかき上げ、そのままくしゃりと髪の毛を握った。
すぐに手は離したが、握られた髪がうねったままになってしまった。
理人もまた、背を伸ばす。
「りとが体調を崩して早退した日、俺は鹿子木を叱責して帰した。もう来なくていい、と言って」
「どうして?」
「りとの早退を仮病だと決めつけていた。男からの呼び出しがあったからだと」
「あれは――」
「――わかっている。保育園からの電話だろう? それを、鹿子木がふざけたことを言って――」
「――だからって、そんなにキツく当たること――」
「――憶測でものを決めつけたり、人を貶める発言は許せない。上司としてすべき叱責をしただけだ。だが……全く私情を挟んでいなかったかと聞かれれば、違うと思う」
私情……。