偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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りとの出社前、朝一で俺を専務室に呼びつけた皇丞は、机に両肘を立て、口元でその両手を組み、じっと俺を見た。
社長そっくりだな……。
言えば不機嫌になるのはわかっているから言わないが。
「で?」
目元はともかく、隠した口元が笑いを隠しきれていない。
「何をお聞きになりたいのでしょう?」
「俺の秘書は安心して出社できそうか?」
『俺の』を強調して言うのは、俺を挑発するため。
朝から茶番に付き合うのはうんざりだ。
「噂についてはお知らせいたしました。本人は業務に支障はないと――」
「――俺の、秘書は優秀だな」
「そうですね。私の部下は大変優秀です」
束の間、睨み合う。
それから、皇丞が組んだ手を離し、笑いながら椅子の背にもたれた。
「俺の女、とか言えよ」
「挑発には乗らねーよ」
皇丞が足を組み、仰け反る。
「ま、いーや。で? マジなところ大丈夫そうか?」
「ああ」
「俺が守ってやるから、とか言った?」
皇丞は、梓ちゃんの妊娠を知ってからの社長のようなニヤケ顔。
「言わない」
「なんでだよ。言えよ」
「いい加減にしろ」
「格好つけてたらフラれるぞ」
俺は盛大にため息をついた。
格好……つけられる相手なら悩むか!
りとの前では、うまく格好をつけられない。
力登の存在も大きいが、なにせりとが他の女と勝手が違う。
面倒くさい女は、何より嫌いだったのに。
彼女の一喜一憂に振り回されるのが嫌じゃない自分に驚きだ。
だが、昨夜の彼女には、睡眠時間を削られた。
帰り際のりとは、明らかにおかしかった。
何かある。
噂に関してか、それ以外かはわからないが、俺を拒絶したのには、夜遅いからとか力登が起きたら困るから、なんて普通の理由とは違う何か。
聞けばよかった。
そう思うのに聞けなかったのは、今はそうすべき時ではないと感じたから。
本当に……?
年を重ね、経験を積み、多くの他人と関わると、空気を読み、他人の顔色を窺い、感情を殺し、言葉を飲み込む技を身に着ける。
思ったままを言葉にするのは、案外簡単ではない。
「用件がそれだけでしたら、失礼します」
そろそろ社長室に行かなければ。
きっとまた、ベビーグッズを物色しては、ポチリたくてうずうずしているはずだ。
俺は皇丞に背を向けた。
が、やはり向き直る。
「皇丞」
「ん?」
「何を知っている?」
「……」
ほんの少しの間が、続く皇丞の言葉の信ぴょう性を打ち消した。
「何を、って?」
白々しいとぼけ方。
だが、とぼけるということは、話したくない、話せない何かを知っているということだ。
「皇丞――」
「――お前は、何が知りたい?」
決まっている。りとのことだ。
りとが何に悩み、なぜ俺に言えないか。
「誰から、聞きたい?」
「は?」
皇丞が、椅子を回転させ、戻す。
それを、繰り返す。
「知りたいことを知って、その後は?」
「何が言いたいんだよ」