偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~



*****


 りとの出社前、朝一で俺を専務室に呼びつけた皇丞は、机に両肘を立て、口元でその両手を組み、じっと俺を見た。



 社長そっくりだな……。



 言えば不機嫌になるのはわかっているから言わないが。

「で?」

 目元はともかく、隠した口元が笑いを隠しきれていない。

「何をお聞きになりたいのでしょう?」

「俺の秘書は安心して出社できそうか?」

『俺の』を強調して言うのは、俺を挑発するため。

 朝から茶番に付き合うのはうんざりだ。

「噂についてはお知らせいたしました。本人は業務に支障はないと――」

「――俺の、秘書は優秀だな」

「そうですね。私の部下は大変優秀です」

 束の間、睨み合う。

 それから、皇丞が組んだ手を離し、笑いながら椅子の背にもたれた。

「俺の女、とか言えよ」

「挑発には乗らねーよ」

 皇丞が足を組み、仰け反る。

「ま、いーや。で? マジなところ大丈夫そうか?」

「ああ」

「俺が守ってやるから、とか言った?」

 皇丞は、梓ちゃんの妊娠を知ってからの社長のようなニヤケ顔。

「言わない」

「なんでだよ。言えよ」

「いい加減にしろ」

「格好つけてたらフラれるぞ」

 俺は盛大にため息をついた。



 格好……つけられる相手なら悩むか!



 りとの前では、うまく格好をつけられない。

 力登の存在も大きいが、なにせりとが他の女と勝手が違う。



 面倒くさい女は、何より嫌いだったのに。



 彼女の一喜一憂に振り回されるのが嫌じゃない自分に驚きだ。

 だが、昨夜の彼女には、睡眠時間を削られた。

 帰り際のりとは、明らかにおかしかった。

 何かある。

 噂に関してか、それ以外かはわからないが、俺を拒絶したのには、夜遅いからとか力登が起きたら困るから、なんて普通の理由とは違う何か。

 聞けばよかった。

 そう思うのに聞けなかったのは、今はそうすべき時ではないと感じたから。



 本当に……?



 年を重ね、経験を積み、多くの他人と関わると、空気を読み、他人の顔色を窺い、感情を殺し、言葉を飲み込む技を身に着ける。

 思ったままを言葉にするのは、案外簡単ではない。

「用件がそれだけでしたら、失礼します」

 そろそろ社長室に行かなければ。

 きっとまた、ベビーグッズを物色しては、ポチリたくてうずうずしているはずだ。

 俺は皇丞に背を向けた。

 が、やはり向き直る。

「皇丞」

「ん?」

「何を知っている?」

「……」

 ほんの少しの間が、続く皇丞の言葉の信ぴょう性を打ち消した。

「何を、って?」

 白々しいとぼけ方。

 だが、とぼけるということは、話したくない、話せない何かを知っているということだ。

「皇丞――」

「――お前は、何が知りたい?」

 決まっている。りとのことだ。

 りとが何に悩み、なぜ俺に言えないか。

「誰から、聞きたい?」

「は?」

 皇丞が、椅子を回転させ、戻す。

 それを、繰り返す。

「知りたいことを知って、その後は?」

「何が言いたいんだよ」
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