偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「彼女がお前に何かを隠しているとしたら、それは彼女がお前に伝える必要がないと判断したからじゃないのか」

 イライラする。

 皇丞の俺を試すような口ぶりも、俺の知らないりとの『何か』を皇丞が知っていることも。

「失礼します、専務」

「理人」

「なんだよ」

 イライラする。

 りとの様子がおかしいと気づいていながら聞けなかった自分に。

 俺とりとの間にある、見えないのに決してないことにはできないガラスの壁の存在に。

「女は案外、格好悪い男が好きらしいぞ」

「は?」

 腕と足を組んでふんぞり返った皇丞が、ドヤ顔で言う。

「格好つける余裕もないくらい自分を欲しがってくれる必死さが、格好いいらしい」

「それは、お前があんまり必死だから、梓ちゃんが可哀想になって言ってくれたんだろ」

 恋は盲目とは言ったものだが、結婚して子供も生まれようというのにこの調子とは。

「必死になり切れないお前に言われたくないね」

「……仕事しろ」

 吐き捨てるように言い、今度こそ専務室を後にした。

 りとの机を横目でちらりと見やり、前室から廊下に出る。

 ツカツカと社長室を目指した。

 ムカつく。

 惚気ながらまともなことを言うから。



 くそっ――!



 皇丞の言ったことは結果論だ。

 皇丞の企みを梓ちゃんに許してもらえたから、言えること。

 でなければ、どんなに必死になっても無駄だ。

 それに、皇丞と俺とでは状況が違う。

 社長室の前で背筋を伸ばし、襟を正す。

 ふぅっとひと息ついてドアをノックした。

「はい」

「俵です。失礼いたします」

 静かにドアを開け、閉める。

「社長、おはようございます」

 一礼して顔を上げると、社長がスマホを顔に近づけたり遠ざけたりしていた。

「おはよう。りーちゃん、ちょっとこれなんて書いてあるか見てくれない?」



 今日は『りーちゃん』か。



 ため息を飲み込んで、社長の隣に立つ。

 思った通り、スマホの中にはベビードレスが映し出されている。

「社長、親指と人差し指でこう……すると、拡大できます」

「おお! なるほど。で、なんて書いてある?」

 どっちにしても読ませるのか、と思いながら社長が指さした箇所を読み上げる。

「海外製品は日本の製品基準とは異なるため――」

「――ありがとう、もういいよ。どれも同じことばっかりだな」

 それは、そうだ。

 社長が見ているのは海外ブランドのサイト。

 俺は机の正面に戻り、小脇に抱えていたタブレットでスケジュールを開いた。

「本日のスケジュールです。九時から副社長との打ち合わせ、十時には社を出まして――」

 社長はスマホから目を離さない。

 それでも、俺は言い続ける。

 まったく聞いていないようで、ちゃんと覚えているのだ。半分は。

 以前は何かしながらでも完璧に記憶したが、スケジュールの変更が多いため、午前と重要なものだけ覚えていればいいだろうと、最近では開き直っている。

 まったく覚えていなくても問題はない。

 そのために、秘書(俺たち)がいるのだから。

「――以上になります。副社長との打ち合わせでは、お茶とコーヒーのどちらがよろしいですか? 先週仰っていたとうきび茶とごぼう茶も用意してありますが」

「ごぼう茶を飲んでみようかな」

「畏まりました」

 先週、訪問先の社長が、最近とうきび茶にハマっていると言って勧められ、ついでにごぼう茶も健康に良いと言われた。

『たまには味変で~』と覚えたての若者言葉で飲みたいと言われたのだ。

 まだ時間があるから秘書室に戻ろうとした時、専務室に入って行くりとを見た。

「おはようございます」

「おはようございます」

「今日はいつもより早いですね」

「はい……」

 いつも通りの挨拶。

 だが、りとの表情が浮かないことはすぐにわかった。

「大丈夫ですか」

「大丈夫です」

 即答するも、とても大丈夫なように見えない。
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