偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「元、だろう。いつまでそうやって――」
「――これからも、だ。些細なことですれ違ったが、やはり子供には血の繋がった両親が揃っていた方がいい」
その、血の繋がった息子を手にかけようとしたクズが――!
俺は登にずいっと顔を寄せた。
「元夫がストーカー化するのはよくあることだそうだ。通報される前に――」
「――女癖の悪い上司が部下の弱みにつけ込むように関係を迫るのもよくあることらしい。気をつけるんだな」
足を踏み出した登が、俺の肩に手を乗せた。
俺の肩で奴の顔半分が隠れて威圧感も何もないが、上目遣いで睨んでいるつもりらしい。
「ひとりで子供を育てる重圧が辛かったんだろう。近くにいた男と後腐れのない関係を持ってしまったことを、後悔しているだろうからな」
手を二度、ポンポンと上下させて肩を叩き、満足そうに歩き出す登に、違和感しかもてない。
何を根拠にあんな自信が――。
「お待たせしました、お義父さん。行きましょう」
お義父さん――?
振り返ると、登は先ほどの長身の男性に近づき、それからチラリと振り返って、俺に向かってドヤ顔をして見せた。
「疎遠になっていた娘に会えて、良かったですね」
「はい。西堂さんのお陰です。ありがとうございました」
登にお義父さんと呼ばれた男性が、登に頭を下げる。
「やめてください。義理とはいえ父子じゃないですか。僕の息子のおじーちゃんでもあるんですから~」
登は、顔こそ男性に向けているが、その言葉は俺に投げられていた。
力登のおじいちゃんということは、りとの父親?
そういえば先週末、登がりとへの伝言だと『りとの父親』について言っていたな。
伝える気なんて最初からなかったから、すっかり忘れていた。
いや、それよりも、西堂――って!
登は近くで待機していたのであろう黒塗りの車が目の前に停まると、男性を先に乗せ、もう一度俺を振り返って、それから自身も乗り込んだ。
西堂、りとの父親、あの勝ち誇った表情……。
どうなっているんだ。
車が走り去ると、俺はマンションに駆け込んだ。
メッセージの返事を待つ時間も惜しくて、電話をかける。
スマホを耳に当てながら、エレベーターのボタンを押す。
たった数秒の呼び出し音と激しい鼓動が、不協和音となって頭の中で鳴り響く。
りと――っ!
『もしもし』
「十秒で行く。ドアを開けてくれ」
『え?』
ポーンッと、俺の焦りをあざ笑うかのように軽やかな電子音。
大きく口を開けた箱に乗り込み、階数ボタンを押した。
「頼む、開けてくれ」
『……』
エレベーターが動き出す。
りとの返事は聞こえない。
だが、俺は構わず彼女の元へ行く。
十秒だったかはわからない。
だが、彼女の返事が聞けないまま、俺は彼女の部屋の前に立った。
「りと」
カチャリと開錠する金属音がして、ドアがゆっくりと開く。
わずかな隙間に手を挟み込み、勢いよく開け放った。
「――っ!」
りとが肩を竦める。
「力登は?」
部屋の中は静まり返っている。
眠っているのだろうか。
彼女はまだパジャマに着替えていなかった。
薄手のニットに、ジーンズ姿。
だが、髪は洗いざらしに見える。
風呂の後で、着替えたようだ。
「登に会ったのか」
りとの返事を待たずに、問いかける。
問い詰めると言った方が正しいかもしれない。
「何があった? どうして、奴を入れた」
「……」
困ったような、いや、今にも泣きそうなりとの唇は、わずかに震え、ぎゅっと結ばれている。
「りと……」