偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「ご立派なじーさんを持つあんたにはぴったりの女たちだ。結婚はヤバい方として、若い方は愛人にでもすればいい」
ヤバい方、若い方……。
それ以前に、登は今『ご立派なじーさん』と言った。
やっぱり、こいつが――。
「俺が只野物流と縁故になったら、真っ先に西堂と手を切らせる」
「やれるもんならやってみろ。仕事をくれと泣きつくことはあっても、切るなんて今の只野物流にはできないさ」
ヤバい方は、只野姫。
「そう思えば、あんたには若い方がいいだろうな。夫の会社と元カレの妻の会社に取引があるのは気まずいだろうからな。その点、雑貨輸入会社? なら全く関りがないからな」
若い方は、鹿子木ユリア。
俺のことを調べたのだろう。
そして、俺につきまとう只野姫のことを知った。
もしかしたら、接触したかもしれない。
只野姫が鳴りを潜めているのはそのせいか……?
ついで、俺の周辺を嗅ぎまわっている鹿子木ユリアのことも知った。
そっちとも接触したか……?
「りとは退職し、あんたはあの女と結婚して婿養子に入る。長男と言えども継ぐほどの家ではないんだし、問題ないだろう?」
登は、実に楽しそうに、饒舌に俺の欲しい情報を垂れ流してくれる。
ついでにもう一つ情報を得ようと、俺は肩の力を抜いて項垂れた。
「俺と別れさせるために、りとの父親を連れてきたのか?」
「そうだな。りとが再婚に応じなければ使おうと思っていた切り札だが、ついでに悪い虫も退治できたから、あんなクズを『お義父さん』と呼ぶ屈辱に耐えた価値はあったよ。全く、関係があることが知られてはマズいってのに、会社にまで会いに来ようとするんだから、これだから――」
やはり、そうか……。
「――犯罪者は」
俺の実家のことを知ったりとは、どんな気持ちだったろう。
父親を前にして、どれほどの絶望を味わったのか。
俺は無言でエレベーターのボタンを押した。
すぐに扉が開く。
「ショックで言葉もないか? ま、これで諦めがついたろ? それでなくても、女のケツを追いかけてる暇なんかないんじゃないのか? 大事な友達の会社を守ることに専念しろよ。ま、備品の管理もできない会社の行く末なんてたかが知れてるだろうがな」
「――――っ!」
俺は、振り返らずにエレベーターに乗り込み、扉が閉まるのをじっと待った。
振り返ってしまったら、顔の原形がなくなるまで殴ってしまう自信があったから。
りと……。
りとの父親、会社での噂、備品紛失に見せかけた情報流出の疑い。
登――っ!
もっと小さい男だと思っていた。
しっかり者で、包容力があり、控え目で、煩わしい親戚付き合いもない。
奴が言った通り、気に入った女に執着しているだけかと思った。
いや、それだけかもしれない。
が、執着度合いが予想以上だった。
とはいえ、親の代から受け継いだとはいえ、会社経営者。
知識も経験も人脈もあるだろう。
恋人のフリなんかで諦めさせられると甘く見ていた俺の落ち度だ。
奥歯を噛む。
強く。
己の愚かさに腹が立つ。
取り戻す、必ず――――っ!