誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)
「すいません。田中看護師長ですか?」
山田医師の隣の女性が振り向く。

「あら?貴方…お久しぶりです。
今日は定期検診か何かですか?」

びっくりした目を向けて蓮を見て来る。
その隣にいた山田医師も同じような顔をしている。

「いえ、今日は知り合いのお見舞いです。
あの、ちょっとお時間よろしいですか?」
ここではさすがに人目がつく。

それに、山田医師にも聞かれたくない。
少し離れた長椅子に田中看護師長を連れ出す。

「すいません、時間も無いので手短に話します。心菜は今、何処にいるんですか?」
そう聞いただけで、田中看護師長は全てを悟ったような顔をした。

「貴方がここちゃんの…。」
そう呟き、そして話し出す。

「急に決まった話しなの。ここちゃんが私にインターシップの研修に行きたいって言うから。」

「場所は?」

「LAよ。何でも、失恋してここではこれ以上頑張れないからって、誰もいないところで1から始めたいって言ってたの。
既に募集は終わってたけど、まだ席が空いていたからギリギリで間に合ったのよ。」

そんな遠くに行ってしまったのか…
居場所が分かって安堵したのと同時に、距離的にすぐに会えないと分かり、蓮は複雑な心境だ。

「失恋したのは貴方の方みたいね。」
田中看護師長に指摘されてハッとする。

「…心菜から俺の事、何か聞いてますか?」

「いいえ。ただ、この場にはいられないって。泣きそうな顔で言ってたから。」
田中看護師長が寂しそうに微笑みを浮かべる。

「俺はまだ終わったとは思っていません。彼女とちゃんと話をするまでは、終わらすつもりもありません。」

蓮の強い眼差しでその意思を感じたのか、田中看護師長が安堵したような笑顔になった。

「そうね。貴方達はまだ終わってもいないし始まってもいないわね。まだ、若いんだからこれからよ。」

そう言って、蓮の肩をポンと叩き立ち上がる。
「ここちゃんは、人一倍怖がりで泣き虫なの。だけど負けない芯は強い子なのよ。
貴方が1番よく知ってると思うけど、ここちゃんを上手に支えてあげて、お願いね。

場所はLA市民国立病院よ。研修期間は3か月、そして帰って来るか残るかは彼女次第。」

「ありがとうございます。」
蓮も立ち上がり頭を深く下げる。

「貴方のファンだから、もう一つ教えてあげる。ここちゃん、体調があまり良くなかったわ。長く看護師してるとたまに感が働くんだけど…アレは病気じゃ無いと思うわ。」

ニコニコと笑って、田中看護師長は手を振って行ってしまう。

病気じゃない?
俺は生理痛なのだと勝手に思っていたが……
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