誰にも言えない秘密の恋をしました (君にこの唄を捧ぐ)
今、妊娠5か月目を迎える。
お腹は少しふっくらした程度、元々華奢な心菜だから、カフェのエプロンで隠したら全く妊婦には見えない。
「Hi.Coco!」
朝から元気な声が心菜を呼ぶ。
「Hi.Dr. Liam!」
心菜も振り返って手を振る。
ライアンは心菜の働いていた病院の研修医で、研修中は英語力の乏しかった心菜を助け、このカフェを紹介してくれた大恩人だ。
心菜は朝から賑わうカフェでレジをまかされている。
「How are you doing?」(元気かい?)
ここで働き出してから、ライアンは毎朝このカフェに顔を出してくれる。
「I'm good.」(元気だよ。)
心菜はいつものようにそう答える。
チッチッチッ。
ライアンは人差し指を掲げて指を左右に動かす。
「ココのgoodはしんじない。今日、顔色わるいね。ツワリ大変?」
ライアンは大学時代、交換留学生として日本で2年間勉強をしていたから日本語が堪能だ。
「大丈夫だよ。ありがとう心配してくれて。」
心菜は微笑み受け流す。
「Are you ready to order?」(何になさいますか?)
後ろに他の客も並んでいるから、雑談ばかりしてられない。
心菜は注文を取ろうとライアンに聞く。
仕方なくいつものマフィンとコーヒーを注文し、レジがよく見える窓際の席に座り、心菜を見守りながら少し遅い朝食を食べる。
30分程レジを回すと、やっと店は落ち付きを取り戻す。
ライアンはそれを見計らって心菜に声をかける。
「おつかれさま。朝ごはん食べてきた?おなかすいてない?」
時刻は既に11時近く、朝8時から働き詰めだからきっと疲れているだろうとライアンは思う。
「食べてないけど、大丈夫。あまり食欲ないから。」
フワッと笑う心菜の笑顔は天使だとライアンはおもいながら、
「Hi. Auntie! give her a break!」
(おばさん!彼女に休憩をあげて!)
厨房にいる叔母に向けて声を張り上げる。
「Were you still there?」
(まだ居たのかい?)
叔母は呆れ顔で厨房から顔を出す。
『あんまりココに構うと嫌われるわよ。』
叔母はそう言ってライアンをたしなめる。
『僕は、彼女のヒーローになりたいんだ。困った時に助けてあげたい。頼むよ、何か食べさせてあげて。』
ライアンは熱い眼差しで心菜を見つめる。
『分かったわ。ココ早めに休憩に入って。甥っ子がうるさくてごめんなさいね。』
この店のオーナーでもあるハンナはライアンの叔母でもあり、良き理解者でもある。
『すいません、ありがとうございます。』
心菜は申し訳なさそうにハンナを見る。
『好きな物何でも食べてね。赤ちゃんの分も食べなくちゃ。』
心菜がここで働き始めて1ヶ月。
アンナはとても心菜を気に入っている。
その働きぶりはとても勤勉で、妊婦だとは思えないくらい動き回り、こっちが心配になるくらいだ。
心菜の為に、マフィンやキッシュを皿一杯に乗せる。
『こんなに食べれません。』
心菜はびっくりして、両手をバタバタとさせて遠慮する。
『何言ってるの。赤ちゃんのためにはこのくらい食べなくちゃ。残ったら持って帰ってくれていいから、ちゃんと食べるのよ。』
ハンナもライアンもとても良い人達だ。
この場所で2人に守られながら子育てをする。
それも悪くないかもと心菜は最近思い始める。
日本での事を思うと時折涙は出るけど、前向きに生きようと頑張っている。
ありがたくランチを食べようと、皿を持ってカフェ隅の机に行こうとする。
その皿をライアンが奪うように取り上げて、自分の指定席に連れて行く。