誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)
近付いて来る彼女の姿が鮮明になってくる。
まだ、蓮がいる事に気が付いていないようだ。

彼女が不意に誰かに声をかけられて、にこりと笑って手を振っている。

ああ、太陽みたいな笑顔だ。

いつだって何処にいたって変わらない。
彼女の笑顔は誰をも癒す不思議な力がある。

だけど、もしかしたら、自分だけにはその笑顔を向けてもらえないのかも、と少し不安になりながら、蓮はひたすら心菜を見つめ続ける。

久しぶりに見る心菜は、腰近くまで伸ばしていた髪を、肩上までにバッサリ切り揃えられていた。

蓮が目の前に居る事に気付いた時、一体どんな顔を見せるのだろうか。

何気なくパッと顔を上げた心菜が蓮を捉える。距離にしたら30メートルくらい。

心菜は目を丸くして立ち止まる。
「…蓮さん…?」

心菜は彼の名を口にした瞬間、心臓が今動き出したかのようにドクンと脈打つのを感じる。
そしてどうしよう、とパニックに陥る。

心菜はつい現実逃避するかのように、無意識にクルリと向きを変え、今来た道を足速に去ろうと一歩足を踏み出していた。

「心菜、逃げないでくれ!!」
蓮は瞬間反射的に一歩を踏み出す。

道行く人々が何事かと騒つく中、ただ心菜だけを見つめ蓮が足速に近付いて行く。

蓮の声を聞いた瞬間、心菜は魔法にかかったように、身体が固まって動けなくなる。

どうしよう。
突然出て行った事を怒られるかもしれない…罵倒されるだろうか…。

覚悟が決まらないまま、ぎゅっと握りしめた指先が冷たくなっていくのを感じる。

「心菜。」
蓮の声をすぐ近くに感じる。

心菜は、ドクンドクンと脈打つ心臓の音が、身体中に鳴り響き、勇気をもらっている気になる。

覚悟を決めて、そっとゆっくりと振り返る。

思いの外近くに来ていた蓮に慄き、足元しか見れない。

「心菜、元気にしてたか?」

意外にも優しい声で話しかけられて、心菜は胸がいっぱいで、今にも泣き出してしまいそうだ。

唇をぎゅっと噛み締め、
「蓮さん……どうして、ここに?」

勇気が無くて顔を上げられないし、絞り出すようなか細い声しか出ない。

「探したんだ。心菜とちゃんと話がしたい。謝りたいと思って来たんだ。」

謝りたい?
謝らなければいけないのは私の方なのに…?

ここでやっと心菜は顔をそっと上げる。

無言のまま、2人の目線が混じり合う。
< 283 / 287 >

この作品をシェア

pagetop