誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)
「渡瀬さん、どこ行ってたの?
現場は一分一秒が命取りなの。
落ち込んでいる場合じゃないわ。失敗は次の成功につなげなさい。」

田中看護婦長が心菜の背中を軽く叩いて、叱咤激励してくれる。

「はい!」

心菜は気持ちを入れ替え、次に来る救急患者の為に場を整える。

今、出来る最善の事をしよう。

この救急外来が掲げるスローガンだ。
新人は新人なりに、今出来る精一杯で頑張るしか無いのだ。

「患者は、28歳男性。
リハーサル中にステージから転落、頭を強く打った模様…。
レントゲンとCTの準備を伝えて。
後、渡瀬さんは採血と点滴よろしく。得意なとこ見せてよ。」

救急医3年目の山田先生が優しい笑顔で、心菜の頭をポンと撫ぜる。

同僚はみんな良い人ばかりだ。
新人の心菜を温かい目で見守ってくれている。

「はい、頑張ります。」
心菜は深呼吸して、気持ちをどうにか落ち着ける。

救急車が来る玄関に先回りし、先輩看護師と救急医と共に待機する。

「リハーサルって…もしかして有名人?」

先輩看護師の高山先輩と山田先生が束の間、こそっと話しをしている。

心菜はそれに加わる余裕も無い為、2人の話しに耳を傾けるだけだ。

「近くの文化センターで今夜、北條蓮のコンサートじゃなかった⁉︎」

「まさか、蓮本人じゃ無いよな?」

「まさかぁ!スタッフとかじゃないですか?」

北條蓮って…誰だろう?
芸能界に疎い心菜にはピンとこない。

祖父の家ではいつだってテレビは相撲か時代劇がメインだったから、心菜はあまり見る機会が無かった。
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