誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)
エレベーター内は、未だ目を覚まさない患者と2人きり。

心菜はやっと緊張を解いてふぅーと深く息を吐いた。

気が付けば既に定時を超えて、7時近くになっていた。

エレベーターの中は静かで空調の音だけが聞こえてくる。

グゥ〜

心菜のお腹が鳴る。
ホッとしたせいか急に空腹を感じる。

ああ、今日はお昼にドーナッツ一つしか食べてない。そう思いながら、お腹を撫ぜて空腹を紛らわす。

突然、ベッドから

「フッ。」
と笑い声らしき声を聞く。

心菜はびっくりして、北條の顔を覗きこむ。

「…北條さん。お目覚めですか?」
小さな声で呼びかけてみる。

「…君の…腹の虫に起こされた…。」
 
北條は目を閉じたまま、
それでも、寝起きにもかかわらず良く通る低音ボイスは耳に心地良く、ドキンと心菜の胸に響く。

北條はふと、点滴を付けた左手で頭に触れようとする。

「北條さん、点滴を左手に付けさせて頂いています。あまり動かさないで下さい。
ここがどこか分かりますか?」

心菜は慌てて北條の手を握り、そっと布団に下ろす。

「病院に運ばれたのか…今夜のコンサートは中止だな。」
北條が静かにそう言った。

エレベーターが特別階に到着して、心菜はベッドのストッパーを解除して廊下に押し出す。

「今、痛いところはありますか?
痛み止めが処方されていますから我慢しないで飲んで下さい。」

意識レベルを上げる為に、出来るだけ話しかけなくちゃと心菜は思う。

「さっきから…頭痛がひどいな。
後、右腕右足か…これ、骨折したのか?」

北條は自分の怪我の状況を冷静に把握していく。

しかし、取り乱す事も無く淡々としていて、落ち着き払っている。

よっぽどの怪我だと思うのに、痛みを訴える事もしないで北條は至って平常心に見える。

「何故お怪我をしたか、覚えてますか?」
心菜はふと気になって聞いてしまう。

「…リハの最中にクレーンで…
上に登って…手すりが何かが拍子に外れて…そこに、命綱をつないでいたから…手すりに引っ張られて落ちた。」

花は目を見開く。

「…それはきっと…大変な事になりますね。
警察も入ると思いますし…。」

事の一大事に心菜は今になって気付く。

そうだった…

この人は有名人だから大きく報道されて、事件なのか事故なのか、きっと明日の情報番組は大騒ぎだ…。

これから何だか大変そう。と心菜は同情する。

急に静かになった心菜が気になったのか、
ここで北條が眩しそうに目を開けて、心菜をベッドから見据える。

心菜と目が合う。

さすが…芸能人。
これが、正真正銘のイケメンなんだなぁ。

心菜はぼんやりとそう思う。

見つめ合う事数秒…。

「君…1人でここまで俺を運んで来たのか?
…重かったんじゃないか?」

急に北條がそう言って、心菜を心配してくるから、思わずフフッと笑ってしまう。

「あっ……すいません。
こんな大変な時に笑ってしまい不謹慎でした。」
心菜は慌てて詫びる。

なのに、北條もつられた様にフッと笑い、

「しかし…間抜けだよな。
命綱に命を取られそうになるなんて…。」
と言うから、

「いえ、私が可笑しかったのは…
こんな時なのに、私に重かったかって聞いて来たからです。
私の心配をしてる場合じゃ無いですよ。」

「…確かに。」
と、言って北條はまた、フッと笑う。
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