誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)
「電車…ちょっと混みますけど大丈夫ですか?やっぱりタクシーにした方が…。」

心菜はしきりに自分の提案を後悔する。

彼は一般人では無いんだ。普通に電車に乗れる訳ない。北條蓮だと見つかったら大変な事になる。

だけど、当の本人は楽しそうにむしろ積極的に電車に乗りたがっているのか、駅に向かう足も軽やかだ。

「蓮さん…。」
駅前のタクシー乗り場を目の前にして、服の袖を引っ張る。

今夜は金曜日だから遅い時間帯にも関わらず人は溢れ、タクシーだって並んでいるくらいだ。

「心配するな、バレやしない。
俺はむしろ久しぶりに電車に乗りたい。」

蓮は逆に心菜の手を掴み駅へと向かう人の流れに乗ってしまう。

久しぶりに心が動く。
モノトーンの空虚な世界から色艶やかな輝く世界に舞い降りたかのようだと、蓮はテンションを上げていた。

彼女が側にいるだけで俺の世界はこんなにも変わる。

「楽しそうですね…。」
満員電車に揺られながら心菜が困り顔で蓮を見上げる。

「まあな。俺にとったら新鮮だ。
ほら。誰も俺だって気付いてない。」

さすがにこんなところに北條蓮がいるなんて誰も思わないだろうな、と、心菜は少しだけホッとして、それでも蓮に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「お仕事で疲れているのに、寝不足なのに、ごめんなさい。もっと疲れさせちゃいますよね。」
ひとしきり心菜は反省している。

駅で電車がキーっとブレーキをかけるから、
心菜の体がよろめき目の前の蓮に触れてしまう。

「ご、ごめんなさい。」
バッと慌てて離れようとするのに、なぜか離れられない。
背中に回った蓮の腕が心菜を支えてくれているのだ。

ドキドキと心臓があらぬ方向に脈打つ。

抱きしめられてる?
いやいや、支えてくれてるのよ。
これじゃ、でも勘違いしちゃうよ…。

心菜は俯きながら出来るだけ距離を取ろうと一歩下がる。

「危ないから、しばらくここにいろ。」
蓮は腕を緩めようとせず、心菜を人混みから守ってくれる。

「あ、ありがとう、ございます…。」

本当に恥ずかしい。どうしよ…。
心菜の頭はパニック寸前だった。
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