誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)
「うわぁ、凄い広さですね。まるで社長室みたい……。」
始めて入った貴賓室に心菜はついテンションが上がって、患者そっちのけで窓際に走り寄ってしまう。

しかも病室だというのに、窓からは街の夜景がキラキラと輝いている。

あっ、まだ仕事中だった。
ハッとして、すいませんでしたと頭を下げて駆け戻り、ベッドを定位置に設置する。

「担当の脳外科の先生をお呼びますので、少しお待ち下さい。後で、バイタルと脳波計を付けさせて頂きに担当の看護師が伺いますので。」

心菜は今までの失態を覆い隠すように、仕事に真摯に取り組む。

「今更、取り繕わなくてもいい。
君は…見たところ新人なのか?」
薄く笑いながら北條が心菜について聞いてくる。

患者さんにプライベートはあまり話すべきではない、と研修の時に習った手前、話し出すのに少し躊躇する。

「えっと…
今年入社して研修を終えたばかりの新人になります。」

北條がそうだろうな、と言う目を向けて来る。

「君は脳外科じゃないのか?」

「こう見えて救急外来なんです…。
なんで私がって自分でも思うんですけど。」
苦笑いしてそう答える。

「俺は君で良かったと思ってるけどな。
…ところで名前は?」

「あっ、失礼しました。
渡瀬心菜と申します。
えっと…私の仕事はここまでになりますので。それでは、お大事にしてください。」
心菜はそそくさと部屋を出ようとする。

「ちょっと待て。渡瀬さんは…今日は夜勤?」

「いえ、これで勤務終了です。」
何故、引き止められたんだろう?
と心菜は不思議に思いながらも返事をする。

「腹減ってるんだよね?
俺も夕飯まだ食べてないんだ。終わってからでいいから何か食べ物買って来てくれないか?」

えっ……これは…勤務外になるんじゃ無いかな?プライベートであまり手を貸さない方がいいのかな?

それとも彼はVIP待遇だから、頼まれた事は全てやるべきなのだろうか…

これは、看護師長に聞いてみないといけない案件だ。

「…そんなに深く悩む事か?」
なかなか返事をしない心菜に痺れを切らしたのか、そう聞いてくる。

「えっと…ぶっちゃけですね。
勤務外労働は基本的にはしてはいけないんです…。
それに、北條さんは先程まで脳震盪で意識が無かった訳ですし、普通に食べても良いものか担当医の指示を煽らなけばいけない案件でして…」

「意外と真面目だな。
まぁ、いい。マネージャーが来るまで待つ事にする。」

そう言って北條は目を閉じる。

「すいません…お役に立てなくて。
頭、痛いですか?
今、お水用意しますから痛み止め飲んで下さい。」

そうだった…
普通に会話出来ていたから平気そうに見えてたけど…
さっきまでこの人、脳震盪で意識が無かったんだ…きっと身体中痛いはず…

目を閉じた北條を見て心配になる。

心菜は何かしてあげなくちゃ、してあげたいと思う。そそくさと帰ろうとしてしまった自分が恥ずかしくなる。

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