誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)
朝食を食べ終わり、心菜はせめて片付けをさせて欲しいとお願いして、せっせっとお皿洗いをする。

「俺も手伝う。」
と、蓮がキッチンに来ようとするので、

「駄目です。蓮さんはソファにでも座って寛いでて下さい。」
と、半ば強引にソファに連れて行き、コーヒーを手渡しのんびりしてもらう。


遠いな…。

蓮はソファに座りながら心菜を見るが、遠過ぎるとため息を吐く。

心菜の家は直ぐ手の届くところに彼女がいて不思議と安心感を覚えた。

俺と心菜の心の距離もきっとこのぐらい遠いだろうな…。

そんな事を考えていると、不思議と曲のフレーズが頭に浮かんでくる。

蓮はおもむろに立ち上がり、飾り物のように部屋の隅に置いてあるグランドピアノを弾いてみる。

音楽が降りて来た。

そう思うと書き留めたくなるのは職業柄仕方ない。

降り注ぐ音を忘れないように書き留める。

蓮の事を天才と称するのは、多分こういう行為なのだと思うが、本人にとってはごく普通の行動で、音が勝手に浮かぶと言うのが1番しっくりくるのだ。

そんなピアノを弾く蓮を心菜は初めて見る。

あっ、本物だ。

と、心菜は食器を洗う手を止める。
まるでテレビから抜け出た様なピアノを弾く蓮を、現実味のない感情で見つめる。

ああ、凄いな。
テレビの中で見るアーティストの部分を、垣間見た気がして感動を覚える。

入院中もタブレットを使って、作曲しているだろう姿は見たけれど、ピアノを弾くのは初めて見た。

もっと近くで見たい。

心菜は衝動的に近付き、まるで取り憑かれたように、五線譜に音符を書いている蓮を見つめる。

よく見ると、その手で持つペンが、心菜がプレゼントした万年筆だったりするから、思いもひとしおだ。
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