奪われた令嬢は、蒼穹の騎士に焦愛される――本当の奥様は、貴女じゃなくてわたしです!?――
最終話 真の妻
とある日の休日――。
「ルビー、よかったら、遠出についてきてくれないか?」
「遠出、ですか?」
本を読んでいたわたしに、鳶色の髪に水色の瞳をした青年――夫であるアイゼンが声をかけてきた。
「ああ、そうだよ」
優しい夫に促され、わたしたち二人は、馬に乗って遠出に出ることになったのだ。
※※※
そうして、たどりついたのは――。
「ここ……」
わたしが昔住んでいた村だった。
わたしの偽の両親が手引きした蛮族によって燃やされた場所――。
「こんな……」
最後に見たのは焼け野原の風景だったはずだが――。
――今は、そこかしこに、木造の建物が立ち並び始めた。
「ルビーじゃないか?」
若い青年が、わたしを見つけると声をかけてくる。
「マーク!」
声の主は、近所に住んでいた青年だったのだ。
わたしを見つけて嬉しそうにしていたマークだったが、アイゼンの姿を見ると、さっと最敬礼をおこなった。
「アイゼン様のご厚意で、ここまで村を復興させることが出来ました」
「領主として当然の務めを果たしただけだよ」
「いえいえ、アイゼン様が立派だから」
そうして、マークと別れた後、村の中を歩き回る。
村人たちはわたしに気づくと、口々に声をかけてきた。
「一度は、この村に住むのをあきらめた者たちばかりだったけど、アイゼン様のおかげで、こうしてまた村の機能を取り戻していっている。本当にありがとう。ルビー、また遊びに来てくれよ」
(村が元に戻っていっているみたいで、本当に良かった……)
ぽかぽかと心が温まる気がしながら、アイゼン様とわたしは村を去ったのだった。
※※※
そうして、村から城にまた戻ると思っていたのだったが、想像とは違う場所に連れて行かれた。
その場所というのは、城が立つ崖の下にある、海岸だった。
磯の香りが鼻腔をくすぐる。潮風が、わたしの金の長い髪を巻き上げた。
普段はエメラルドグリーンに輝く海は、夕陽の光を反射し、マリーゴールドのような輝きを帯び、幻想的にゆらゆらと揺れる。
波は時化てはおらず、穏やかに引いては寄せる。遠くに一隻の船が見えるが、それ以外に人の姿は見えなかった。
「ルビー」
「アイゼン様」
波打ち際まで歩いたわたしたちは、海に沈む太陽を横目に向きなおった。
砂浜に、長い影が伸びる。
「左手を――」
彼に促され、手を差し出すと、長い指にからめとられた。
「ルビー」
そうして彼は、わたしの指の一本一本に口づけていく。
夫婦になってから、毎日彼がおこなう儀式のようなものだった。
口づけが終わった後、彼は懐に手を伸ばし何かを取り出す。
「それは……」
そうして彼が、そっと左手の薬指に何かを嵌める。
そこにあったのは――。
「ルビー、君と同じ名前の宝石だよ」
――一粒のルビーが輝く、金の指輪だった。
夕陽がルビーを反射して、きらきらと黄金色に煌めかせている。
「アイゼン様……」
砂浜の上、私の前に跪いたアイゼンは、恭しく左手に口づけながら告げる。
「初めて出会った時から、君の穏やかで優しくて、だけどしっかりしていて――そんなところに惹かれていったんだ」
夕陽と空が交じり合ったような、アイゼンの瞳。
いつになく美しい彼の想いが、胸を震わせてくる。
いつの間にか、彼の姿が涙でぼやけていた。
「改めて、私の妻として、一生そばにいてほしい。誰よりも、いや、この世で君以外の女性が見えない。実際に、愛することなどできなかった」
婚姻関係を結び、妻として迎えた偽のルヴィニ夫人に手を出すことが出来なかった、潔癖なアイゼン様。
「これからは、自身の気持ちに正直に生きていきたい。愛している、ルビー。君が真の妻、永遠に君だけを愛し続けるよ――」
彼の想いを紡ぐ声が、鼓膜を震わせる。
寄せては返す波の音が、まるでわたしたち二人を祝福しているようだった。
夕陽に照らされた二人の影が重なる。
周囲が暗闇に溶け込むまで、二人の影が重なっては離れてを繰り返したのだった。
※※※
幼少期の入れ替わりとして、後に世間を騒がすことになった「ルヴィニ・メーロ侯爵令嬢誘拐事件」は、今も帝国の犯罪史の代表としてあげられる有名な事件の一つである。
皇弟アイゼン・メディウス・ロクスと偽の令嬢との結婚をきっかけに真実が明るみになったこの事件――後に、本物のルヴィニ・メーロと皇弟アイゼンは結ばれる。
市井で育ったメーロ夫人に、貴族の嫁が務まるのかと心配する声も多かったが、生まれ持った資質だったのか、なんなく貴族の夫人としての役割をこなしていく。
誘拐犯だった育ての両親を許す器量を持った、ルビーの愛称を持つ本当のルヴィニ夫人は――高齢の父だけでなく、使用人たち、そして夫のアイゼンに愛されながら――幸せな余生を過ごしたと言われている。