こぼれた花びらと小さな初恋〜年上堅物騎士が運命のつがいになりました〜
07 はじめてのおでかけ
二人が訪れたのは、王都の学園に併設されている大きな公園だった。
一歩入ると広い芝生が広がっている。この公園は学園の関係者以外でも自由に入れるようで、子供からお年寄りまで思い思いに過ごしている。開かれた視界を見渡すと、奥には花が咲き誇るガーデン、噴水があるのが見える。この噴水の奥に学園の門があるようだ。
王都は建物がぎゅっと立ち並んでいたので、こんなに自然豊かで広々とした場所があるとは知らなかった。
既に懐かしいクレモン領地を思い出してリュシーの頬は緩んだ。馬車がなくても来れる、またエルザとも来ようと思うほどにはこの場がすぐに気に入った。
「こんな素敵なところがあったんですね……!」
気分が高まりつい声のボリュームが大きくなる。
「失礼しました」とリュシーが口を抑えると、アクセルは穏やかなまなざしを向けた。
このまなざしを向けられるといつも子供扱いされている気がする。恥ずかしくなってリュシーはうつむいた。
芝生を抜けた二人はガーデンまでやってきた。噴水に向かって小さな小道が続いており両サイドは手入れされた花が広がっている。種類や色などで分けられていて、道を進む事に雰囲気が変わるのも楽しい。
見える景色が変わる度に声をあげてしまう。
道の途中にいくつもベンチがあり、そのうちのひとつにアクセルは腰を掛けた。リュシーも続いて隣に座る。木陰になっていて風が気持ちいいベンチだ。
アクセルは手に持っていた木の箱を開いた。
「いつもと言えばこれしか思いつかなかった」
そう言いながら開かれた木の箱の中身は紙と色鉛筆、それから筆と少しの絵の具が入っている。
アクセルは木の板を取り出して、そこに紙を乗せた。
「アクセル様は絵を描かれるのですか?」
リュシーは目をぱちくりして尋ねた。アクセルの部屋に絵画は飾ってあったが、彼も描くとは思っていなかった。
「似合わないだろう」
「いえ、そんなことはないです!素敵な趣味だと思います」
「趣味かはわからないが……休日は絵を描くことが多い」
「いつもここへ?」
「ここのこともあるし、馬に乗って少し遠くに行くこともある」
「馬に乗って!?私も行ってみたいです!……どんな場所かしら?よければ連れていってもらえますか?馬にも乗ってみたいです」
開放的な場所にいて気も大きくなったリュシーは父に甘えるように言ってしまった。ハッと気づいてアクセルを見ると、穏やかなまなざしを向けていた。またこの顔だ、子供のようにはしゃいでしまったことに気づきリュシーは押し黙る。
「君が馬に?」
「はい、難しいでしょうか?」
「いや……わかった」
少し考えてからアクセルは頷いた。
無茶なお願いだったかしらとリュシーは発言を後悔したが、アクセルが「わかった」というならきっと叶えてくれるだろうと嬉しくなった。この二週間でリュシーはそのことに気づいていた。
アクセルは紙に鉛筆を走らせ始めた。目の前に咲いているラベンダーをメインにベンチから見える風景を描くつもりらしい。
ジッとリュシーが紙を見ていることに気づいたアクセルは手を止めて、箱の中から木の板と紙を取り出した。
「君も描くか?」
「いいんですか?」
「私を見ていても退屈だろう」
アクセルを見ているのも楽しかったが、描くのも楽しそうだと手渡された物を受け取った。同じように目の前のラベンダーを描くことにする。こんなふうに絵を描くのは初めてだ。
紙に鉛筆をすべらせると、線がシュッと引かれる。花の丸みを出したいのに角張ってしまいうまくいかない。カクカクの固い花ができそうだ。
隣のアクセルの紙を覗き込むと既に輪郭が出来上がってきている。説明されなくてもそれが何かわかる。
アクセルの手の動きを真似してみることにする。
角ばっていた部分の上からもう一度なぞり、丸みを意識すると先程よりも花に近づいている気がする。形になってくると面白いものでリュシーも没頭していった。
・・
太陽が真上に登ってきた頃、二人は一度手を止めた。
アクセルから水筒からお茶を淹れて、リュシーに渡してくれる。一時休憩だ。
「すごい……」
リュシーはアクセルの作品を見て感嘆の声を漏らした。
鉛筆だけで描かれたその紙は、目の前の景色がモノクロで切り取られたようだ。
「部屋に飾ってある絵画もアクセル様の作品なのですか?」
「私はあんな素晴らしい作品は描けない、購入したものだ」
「これもとても素敵ですけど」
もう一度覗き込むが、アクセルの描いたものも十分にプロに見える。才能がある人にしかわからない何かがあるのだろうか。
「こんな趣味と特技があれば一日はあっという間に過ぎますね」
アクセルのように絵が描けるなら、リュシーは退屈な毎日を送らなくてすみそうだ。毎日いろんな景色を切り取りに出かけるだろう。
「君の趣味は?」
「私の趣味ですか……そうですね、小説を読むのは好きです。」
恋愛小説を読むのは好きだ。毎日たくさんの夢を見てきた。後は刺繍や裁縫もするが、これは特別好きかと言われるとそうではない。
「趣味を特技にできるなんて凄いです」
「特技ではないが」
「こんな素敵な絵が描けるんですから特技ですよ」
「最初はひどいものだった」
「私よりも?」
紙いっぱいに描かれた一輪の花――になんとか見えるリュシーの作品をアクセルに見せる。
「ああ」
「その時の絵も見てみたいです、想像つかないわ」
クスクスとリュシーが笑うと、アクセルも少し微笑んでくれる。
「君は話を書かないのか?」
「私がお話を?」
思わず聞き返す。そんなことを考えたこともなかった。
「そんなこと出来るかしら……?」
「これも初めてだろう」
リュシーの作品をもう一度見てアクセルは言った。やはり角ばってしまったラベンダーだが一応花には見える。やってみればなんとか形にはなるのだ。
「やってみようかしら」
口に出すとワクワクしてくる。最初からうまくする必要もない、時間はたくさんある。明日からの退屈な日々が少し楽しみになった。
「食事に行こう」
アクセルはそう言うと木の箱に道具をしまい始めた。
「どこへ?」
「噴水の方に食堂がある」
「そういえばお腹がすきました」
先程まで夢中で描いていて気づかなかったが、意識するとお腹はペコペコだ。リュシーだけでなくリュシーの身体もぐぅぅと鳴る。
真っ赤になったリュシーが顔を見上げると、またアクセルは穏やかな瞳を向けていてますます恥ずかしくなった。