仮面夫婦を望んだ冷徹な若社長は妻にだけ惚けるような愛を注ぐ。【逃亡不可避な溺愛シリーズ1】
 ぼうっとしていれば、敦也が口元を緩める。ふっと緩めた唇は、なんだか艶めかしいと思ってしまう。

「実は先ほどの彼女に、あなたの紹介を頼んだのです」

 敦也はさも当然のようにそう言う。届いたアイスコーヒーにシロップもミルクも入れず、口に運ぶ。

 嚥下する喉が、これまた艶めかしい。

「……そう、ですか」

 しばしの沈黙。だけど、これ以外になんと返せばいいかがこれっぽっちもわからない。

 だから、芽惟はただ俯いた。カフェモカの水面を見つめれば、戸惑ったような表情の自分自身が映る。……いたたまれない。

「俺は、あなたに一つの可能性を見出しました」

 カランと氷がぶつかるような音がする。顔を上げて、敦也を見つめる。

 ……彼は、とても真剣な表情をしていた。まるで、仕事の話をする際の芽惟自身のようだ。

「芽惟さん。あなた、俺と結婚する気はありませんか?」
「……はい?」

 一秒、二秒。五秒、十秒。一分、二分……。

 それほどの時間が経ち、芽惟は目をぱちぱちと瞬かせる。……今、彼はなんと言っただろうか?

(き、聞き間違いじゃなかったら、結婚って……)

 呆然と口を開けてしまう。が、敦也はその涼しい表情を崩さない。

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