仮面夫婦を望んだ冷徹な若社長は妻にだけ惚けるような愛を注ぐ。【逃亡不可避な溺愛シリーズ1】
 ◇

 気がついたら、外が暗かった。先ほどまでオレンジ色で、まだもう少し仕事が出来るな。そう思っていたのに、外はもう真っ暗だ。

(っていうか、秋だものね。日が落ちるのは早いわ)

 そんな風に思って、芽惟は帰る仕度を始めた。

 小さな事務室のパソコンの電源を切って、立ち上がる。誰もいない更衣室で、制服から私服に着替える。

 持ってきた鞄の中を漁って、スマートフォンを取り出した。時間は午後の八時。……思ったよりも、遅い時間だった。

(本当に、人生って上手くいかないわねぇ)

 心の中でそう呟いて、芽惟は鞄を持って更衣室を後にする。

 ビルのカギを持って、歩く。ほんの少しの明かりを頼りに、真っ暗な廊下を歩いていく。

 一応電気の消し忘れがないかなどをチェックしつつ、芽惟はビルの玄関に向かった。

「お疲れ様でした」

 ビルの警備員の人にそう声をかけて、芽惟は会社を後にした。

 宗像(むなかた)企業。それが、芽惟の働いている会社の社名だ。

 元々はかなりの大企業ではあったのだが、不景気などに流されているうちに、すっかり衰退した会社。最近では倒産寸前とまで噂されており、社長である宗像 正史(まさふみ)は日々頭を悩ませていた。

 どうすれば、業績が回復するのか。どうすれば、社員を路頭に迷わせずに済むのか。

 日々そう考える正史はストレスからなのか、彼は円形脱毛症を発症した。……本人は、笑っていたが。

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