仮面夫婦を望んだ冷徹な若社長は妻にだけ惚けるような愛を注ぐ。【逃亡不可避な溺愛シリーズ1】
 会ったこともなければ、ただ人伝手で聞いただけ。そんな人物に、「あなたしかいない」なんて言える気が知れない。

「あなたならば、俺の出す条件を呑んでくれる。そして、絶対に俺に『本気にはならない』でしょうから」
「……本気に、ならないって」

 芽惟の眉間にしわが寄った。本気にならない。それって、つまり――。

「言い方を変えましょう。俺が欲しいのは仮面夫婦を演じてくれる契約上の妻です。別に、あなた自身が欲しいわけじゃない」

 はっきりと、敦也の口からそんな言葉が出た。……驚きは、しなかった。

 ただ、妙に納得できる言葉だった。だって、そうじゃないか。……初対面でいきなりプロポーズだなんて、裏があるに決まっている。

「けど、俺はあなたがいいと思っている。……矛盾していますよね」

 彼が口元を歪めて、そう言ってくる。矛盾しているとわかっているのならば、言わないでいいのに。

 そう思っても、その気持ちを口にすることは出来ない。彼のその笑みが、あまりにも美しくて。見惚れてしまったから。
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