仮面夫婦を望んだ冷徹な若社長は妻にだけ惚けるような愛を注ぐ。【逃亡不可避な溺愛シリーズ1】
(……最低なことを、言われているはずなのに)

 それはわかるのに、どうしてか拒絶の言葉が口から出なかった。

「もちろん、条件を呑んでくれるのならばそれ相応の報酬は用意しましょう」
「……報酬って」

 多分ではあるが、彼は結婚という行為をビジネスと捉えているのだろう。

 それは容易に想像がついて、芽惟はぼうっとしながら彼の言葉を繰り返す。

「あなたが欲しいものを、何でも用意する。……もちろん、醜聞にならない程度には好き勝手していただいて構いませんから」

 にっこりと笑って、敦也がそう言ってきた。

 だからこそ、芽惟は理解する。……彼は、本当に芽惟と結婚するつもりなのだと。そのうえで、仮面夫婦を演じようとしているのだと。

「……わた、し」
「……はい」
「できれば、家業への援助が欲しいです」

 理解した瞬間、芽惟の口からはそんな言葉が自然と零れた。

「この不景気で倒産寸前になっていますが、元はとってもいい会社なので……」

 正史が社員たちから慕われているのを、芽惟はよく理解していた。幼少期から会社に遊びに行き、そこで社員たちが生き生きと働いているのも見てきた。

 企業が倒産寸前になろうとも、正史は断固としてリストラは行わなかった。……そこも、評価されるべきポイントだろう。

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