「推しカプを拝みたいだけ」で王子の婚約者選抜試験に参加したのに、気がつけば王子の子を妊娠してました
「ちょっと、そこのチンアナゴ。こっちいらっしゃい」

 何故、と言おうとしたが、アレクサンドラなんかとの口喧嘩でリーゼとの時間を無駄にはしたくなかったエドヴィン王子は、アレクサンドラが座っているのとは、反対側のリーゼの隣に座った。
 リーゼの細い肩を抱き寄せたい欲、はかろうじて抑えた。

「チンアナゴ」
「もう、俺のこと名前で呼ぶ気ないだろ」
「その板をリーゼ様の顔の前で持って」
「人の話を聞け。それにこの板はなんだ」

 ニーナもそれはとてもとても気になっていた。

「それは、やってみてのお楽しみ……」

 そうして、エドヴィン王子が言われた通り、ガラス板をリーゼの顔の前にくるように持った。

「これでいいのか?一体どうして……。……リーゼ嬢?」

 エドヴィン王子は、リーゼがガラス板をじーっと見つめていることに気づいた。

「どうした?リーゼ嬢?」

 エドヴィン王子は戸惑ったが、アレクサンドラはこの世で最も美しいであろうドヤ顔を披露した。

「作戦成功ね」
「アレクサンドラ様、これは……」
「真実を見せる鏡作戦ってところね」

 ニーナも、リーゼの背後に行き、極力リーゼと同じ視線の高さでガラスの板を見るようにした。

「なるほどそういうことですね」

 ニーナが見たもの。
 それは、かつてニーナが遊びでリーぜのメガネをかけた時に見えたぼやけた鏡。
 つまり逆を言えば、リーゼがメガネをかけている状態で見えているであろう鏡がそこにあった。
 リーぜが、メガネをかけていない状態で
 まさに、リーゼのありのままの姿が、ようやくリーぜの前に現れた瞬間。

「これが、私?」
「そうよ、リーゼ様。感想は?」
「綺麗……まるで、すみれの花畑のよう……」

 普通の人が自分の事をそんなこと言っていたら、少なくともニーナは「何を言ってんだ」と全力でドン引きしたことだろう。
 だが、ここにいる全員は、ダーリンを除けば皆、この事実を知らないリーぜに振り回された者ばかり。
 ああ、やっとここまで来られた……という安堵の表情を、特にエドヴィン王子が浮かべていた。うっすら涙すら光っている。

「そうでしょう?リーゼ様。あなたは、私とは違う美しさを持っているのよ。ほらチンアナゴ、もうちょっとリーゼ様に近寄りなさい」

 リーぜとエドヴィン王子、それぞれへの語り口が違うのは、もうそう言うものとしてニーナは受け取っていた。
 リーぜはそれに気付かないくらい、自分の顔を見るのに没頭していたようだった。

「リーゼ様、ほら。殿下とリーゼ様のお顔が見えるでしょう?感想は?」
「わ、悪くないと思います……でも……アレクサンドラ様のような華がないと」
「そう言うと思ったわ。隊長」
「なんでしょう、アレクサンドラ様」
「今すぐ、リーぜ様にドレスを着せてちょうだい」
「1番良いものを選んで参ります」
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