"愛してる"は蝶よりも花よりもずっと脆い。
これ以上何かを話しても無駄だと判断した私は、社長の言葉を右から左へとただ流していた。

「おい、聞いてんのか」

「聞いてますよ。私があなたの奥さん役をやるって話ですよね?」

「なぜそっぽを向いている? 俺の妻になれること、嬉しくないのか?」

「じゃあ逆に聞きますけど、あなたはよく知りもしない相手から急に旦那さん役をやってくれなんて言われて、はいわかりましたってなりますか?」

「俺は誰でもいい訳じゃない。(ちか)だから、俺の奥さん役に選んだんだ」

そう言って、私の目をじっと見つめられ柄にもなくドキッとしてしまう。

いかんいかん、この瞳に騙されたら負けだ。

「とにかく、その役はお受けできません。奥様役をお探しなら、他を当たって下さい」

(ちか)様、馨様のご自宅にご到着です。あんまり抵抗すると、後から大変ですよ」

「運転手さんもあいつとグルなんですか? 突然女の人攫ってきて脅すなんて、おかしいんじゃないの!?」

「いいから降りろ、時間がない。高橋、ドア開けてやって」

「かしこまりました」

ダメだ、私の話が一切通じない。

私の抵抗も虚しく、社長にひょいっと持ち上げられ部屋まで強制連行された。

もうここまで来たらほんとの誘拐だよ…なんて思っていたのも束の間、私は瞬く間にドレスを着せられ、綺麗なお化粧まで施された。

この人たちすっごい手際いいし、絶対プロの人たちだよね。

ファッション誌で何回か見たことある人もいるし、社長ってどんだけお金持ちなの。

「よし、じゃあ会場に向かうぞ」

「ちょっと待なさいよ! あんたねぇ、さっきから黙ってれば好き勝手して…」

「全然黙ってなかったろ。ギャーギャー喚いてみっともない」

「はい…すいませんでした…」

社長に痛いところを突かれ、しゅんとする私。

そんな私をニヤニヤしながら、それはもう"ざまぁみろ"とでも言いそうな顔をしている社長。

この人、絶対楽しんでるわ。

「それで、本題に入るが」

「え、今までのは本題じゃないの?」

「お前は少し人の話を黙って聞けるようになった方がいい」

「うるさいわね。余計なお世話よ」

「さっき説明したように、お前は俺の妻ということになる。出会いは遥か昔、幼馴染みということにでもしておいてくれ。いいな?」

「"妻のフリ"をするのよね? ってか、何そのありきたりな設定」

「いいや、お前は今日から正式に俺の妻としてここで暮らしてもらう」

「…は?」

この男、とうとう頭までやられちゃったんじゃないの。
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