あの日の後悔にさようなら
あの日ついた嘘
新藤雄二くんは私の、初恋の男の子。
うちの近所に住んでいて、昔はよく一緒に遊んでいたっけ。だけど今は別々の高校に通っていて、すっかり疎遠になってしまっている。
いや、高校は関係無いか。だって進路が分かれるずっと前から、彼とは話さなくなってしまっていたから。
きっかけはそう、小学校六年生の時。私が雄二くんのことをふったあの日から、私達の間には距離ができてしまったんだ。
◇◆◇◆
背が高くてスポーツができて、明るくて活発的な男の子、新藤雄二くん。彼の事を好きな女の子は、数多くいた。
対して私、安藤小夜子は、大して可愛くも無ければ長所も無い地味女子。ただ家が近所で、昔からよく一緒に遊んでいたから、雄二くんとは仲が良かった。
けど、それがいけなかったのかな。私達が一緒にいる事を、面白くないって思う女の子は少なくなくて。ある日の給食の時間、皆で机をくっつけて食べていたら、不意に一人の女子が聞いてきたのだ。「安藤さんって、新藤君の事が好きなの?」って。
思わずむせ返ったのを覚えている。
どうしていきなりそんな事を聞いてくるのって、ビックリした。しかも目の前には、雄二くん本人もいたのに。
途端にその場にいた全員が、一斉に話に食いついてくる。
当然だけど、雄二くんも驚いて声を上げていた。
「バカ、そんなわけないだろ。変なこと言って、小夜子を困らせるなよな」
なんて答えたらいいか分からずにいた私には、ありがたい言葉。だけどそんな雄二くんの注意も、盛り上がった皆の勢いを止めるには力不足だった。
「そんなこと言って、本当は嬉しいんだろ」
「どうなの小夜子? 好きなら好きって言っちゃいなよ」
人の気も知らないで、はやし立ててくる外野たち。一方雄二くんは期待と不安が混ざったような目で、私を見ている。ううん、雄二くんだけじゃない。男子も女子も、みんな私の返事に注目していた。
だけど私は気づいていた。面白おかしくはしゃいでいる男子とは違って、女子達の目が笑っていないことに。
抜け駆けなんて許さない、なんて言うべきか分かっているねって、無言のまま訴えかけていた。
雄二くんは、好きになっちゃいけない男の子。抜け駆け禁止で、違反者には重い罰がある。それが女子の中にあった、暗黙のルール。
もしもここで正直に自分の気持ちを言ったら、きっと私は皆から、仲間外れにされちゃう。その事がとても怖くて、嘘をついた。
「まさかー、好きじゃないよ。だって雄二くんは、ただの友達だもの」
面白いわけでもないのに、無理やり笑顔を作って。冗談っぽく言った、拒絶の言葉。
あくまで軽い感じで、柔らかい口調で言ったのだけど、雄二くんの表情が曇ったのを、私は見逃さなかった。
だけど彼はすぐにいつもの笑顔を浮かべてくれて、おどけた感じで言ってくる。
「そっかー、残念だなー。けど、友達ならまあいいか」
「あはは、ごめんねー」
アタシも精一杯の作り笑顔で返して。目を合わせずに笑い合う。
男子達はふざけた調子で「気にするなよー」って雄二くんを慰めて、女子達は満足そうに目配せをしていた。
それはふったと言うにはあまりにあっさりした、雑談の一部のようなやり取りだったけど。あの日から確実に、私達の距離は開いてしまった。
話をする回数は日に日に少なくなっていって。小学校を卒業して、中学に上がる頃になると、完全に壁ができてしまっていた。
出る杭は打たれるのが世の常。仲間外れにされるのが怖くて、つい好きじゃないなんて言ってしまった私。
だけど、こんな風に距離を作りたいわけじゃなかった。今まで通り過ごすことができたら、それでよかったのに。
あんな嘘言わなければよかったと、何度後悔しただろう。
だけど全ては後の祭り。いや、もしももう一度やり直せたとしても、同じ事を言うかもしれない。だって私には、勇気が無いから。
山ほどの後悔を生むと分かっていても、あの状況で正直に自分の気持ちを告げるなんて、出来るはずがなかった。
あれからもう五年。今では別々の高校に通ってて、たまに町で見かける事はあったけど、声をかけるなんて出来なくて。だけど私は未だに、雄二くんの事を想っている。
自分からふったくせに、初恋をすっかり拗らせてしまって。だけどもしも奇跡が起きて、また話をすることができたなら、私達は仲の良かったあの頃に戻れるかな?
話さえできれば。たった一言、声をかけることができれば、元に戻れる。そんな事を、何度も考えたけど。
結局は何もできないまま。町で彼を見かけても、話しかけようともしないで、ただ目で追うだけだった。