Fortunate Link―ツキの守り手―
「そういえばまだ名乗っておらなかったな」
彼はそう言うと、自らを名乗った。
「私は雨宮蘇芳(あまみやすおう)
ここら一帯に住まう水神守護家の長だ」
「水神?」
問い返すと彼は一から分かりやすいように私に説明してくれた。
この世の森羅万象は水の流れによって廻っている。
その流れを滞らせないよう、その流れの上には様々な一族が住まい、それぞれに役割を担っているらしい。
そして水神守護家という雨宮家は、流れの上流に位置し、流れる水を絶やさぬよう、儀式などを行い、水を呼び込んだりしているそうだ。
一通りの話を終えたところで、私は尋ねた。
「それは見ず知らずの得体の知れない相手に話していいことなのか?」
そう言うと、雨宮蘇芳は何がそんなに楽しいのかニコニコしていた。
「もう見ず知らずということはあるまい。
それに今は同じ屋根の下に住んでいるのだから家族のようなものではないか」
そんなことを言う彼に、
(――家族?)
初めて聞くその言葉に私は戸惑いを隠せなかった。
「そう言えば名前を聞いておらなかったな。そなた、名前は?」
「私に名前などない」
私ははっきりそう答えた。
私は親も、親が付けた名前も知らない。
周りの者が、いつからか私のことを千里眼と呼んだが、それが名前ではないことは明らかだった。
「なるほど。
それならば…」
彼は暫く考え込むように瞑目し、
「雲一つない夜空に浮かぶ冴え渡った月…」
名案が浮かんだように、彼は目を開けた。
「そなたの名前、冴月(さえづき)というのはどうだ?」
「サエヅキ…」
「そなたの目は冴え渡った月のようにとても綺麗だから」
「………」
この目を気味悪がる者は居ても、綺麗と言われるのは初めてで、またも戸惑ってしまった。
「どうだろうか?」
「……私には勿体ない名前だが、それでいい」
胸の奥にむず痒いような感触を感じながら、私は頷いた。
あれが初めて抱いた嬉しいという感情だったのだと、後になって知った。