婚約破棄、それぞれの行く末

「わたくしももったいないと思っておりましたの」

 ゆったりとした口調には威厳のようなものまで漂っていて、レナートは焦燥感を覚える。

「王妃たらんとするわたくしと、国王になって然るべきと思い上がったあなたとでは、釣り合いがとれませんものね」
「なにを、」
「あなたに自分からそのお立場を放棄してくださる決断力がおありでよかったですわ。さすが陛下の甥御様です」
「レナート様、あたしレナート様が後悔なんてしないよう幸せにしてみせますから!」

 しがみついて大泣きするアルマは相変わらず令嬢らしくなく、好意をひたすらにまっすぐ向ける様は愛おしいと、今も感じている、はずなのに。

「……ぼ、くは……」

 王太子、そして次期国王としての地位を捨ててまで彼女と結ばれるつもりではなかった。妻として迎える気持ちはあっても、王位継承権を返上するだとか、何かを犠牲にする覚悟などなく。
 自分の立場は確固たるものだと信じていた。なのに廃嫡の方向で話は進んでいく。自らそれを望んだかのように。

「真実の愛。とても美しくおめでたいことでございますわよね、陛下?」

 オリビアの言葉にハッとしたレナートは、いつの間にか人々が割れて作られた道を歩んでくる姿を見つける。

「……お、おじうえぇ……」

 情けない声が漏れたが、気にしている場合ではなかった。
 叔父であり現在の国王であるエルナンドの表情は、どうにも険しい。三十路を超えて幾許か、父子と言うには年齢差はないはずではあったが、国主として過ごしたここ数年での苦労あってか、随分と鋭くなった顔つきに今更気づく。

 ――叔父はこんな顔をしていただろうか。
 近づいてくるその様は厳しいほどで、かつて親しんだ朗らかな叔父はそこにはいない。

「レナート、背筋を伸ばせ」

 エルナンドは淡々と呼びかける。泣きつかんばかりだったレナートは、頬を引き攣らせた。
 味方をしてくれるものと思っていたのに、叔父の瞳の奥には諦念が宿っているのが見て取れた。

「それでは、陛下」
「ああ。当事者である三名が納得しているのであれば、私から言うことはない」

 オリビアに促され、エルナンドは頷く。
 その背後に現れた母親である先王妃たちも、揃って微笑みを浮かべてただ見守る姿勢を見せた。

「王太子であったレナートとアイバー侯爵令嬢との婚約は解消、レナートの王位継承権を消滅とし、オラサ男爵令嬢と婚姻、婿入りすることをフォージオン国王としてここに認める」

 宣言が行われた。その内容にレナートは呆然とし言葉を失う。
 誕生祭の会場は婚姻への祝福の声で満ち、そこここで起きた拍手が、次第に大きくなっていく。
 そんなつもりではなかったと、言い出せる空気ではなかった。

「世継ぎについてはどうにでもなる、気にせず己の責任を果たせ」

 王家に残っていた先王の子供はレナート一人であった。しかし王位継承権を持つ者はいないわけではない。王女たちの中には婚約しているもののまだ婚姻には至ってはいない者もいるし、先王と現王兄弟の甥姪も国内だけでも複数人いる。
 それにエルナンド自身もまだ若い。それこそ今からでもどうにでも出来るだろう。

「レナート様、めいっぱい幸せになりましょうね!」

 レナートは自分に抱きついて満面の笑みを浮かべる恋人、もはや妻であるアルマに、ぎこちなく頷くことで精一杯。


「レナートの王子として最後の夜だ。誕生日、婚姻、レナートの門出を祝ってやってくれ!」


 こうして王太子は男爵家の入婿となったのであった。

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