婚約破棄、それぞれの行く末
「妃殿下方、わたくし自分で口説き落とすつもりでしてよ」
そう言ってオリビアは、エルナンドと対峙するかのように立ち、たおやかに微笑んだ。仁王立ちのごとき気迫であることは、先んじて相談を持ちかけた先王妃たちには察せられているだろうけれど。
咳払いをして、口を開く。
婚約者がこの日を画策していると気付いた時から考えていたこと。
「恐れ多くもエルナンド陛下に申し上げます」
レナートの本来の目論見は、オリビアとは婚約破棄、アルマを婚約者として王妃に据え、あわよくば政務を押し付けるためだけにオリビアを側妃とすること。
宣言を遮りオリビア主導の流れに修正しレナートが自ら継承権の返上をしたように見せたが、もしもその稚拙な計画通りに事が運ばれたとしてもオリビアを押しのけて一介の男爵令嬢が王妃になれるわけがなく、その場合は男爵家に婿入りどころか幽閉といった結末もあったかもしれない。
どちらにせよ宣言を発した時点で王太子が不在となることは確実。ならば。
「わたくし、オリビア・アイバー・シーロを陛下の妻にしていただきとうございます」
オリビアは王妃になるため研鑽を積んできた。幼くして婚約を定められた、その時から。
結婚に愛はなくとも、国を、民を、その分も我が子として愛する覚悟はすでにある。それは王太子から国王と、相手が替わっても。
「現段階においてわたくし以上に王妃に相応しい者はいないと自負しております。もちろん妃殿下方は別ですし、陛下が御三方をそのままお迎えになられるのであれば、各種経験値は比較にならないと存じますのでわたくしの出る幕はございませんが」
先王妃たちの小さな笑い声がさざめく。「いやだ、わたくしもうお役目は果たしましたもの」「どうしてもと望んでいただけるのなら、やぶさかではないですけどぉ」「形ばかりの側妃としてなら支援はいたしますが」と。
「オリビア嬢、申し出はありがたいしきみの才覚は認めるところだが、私たちでは年齢差が」
「あら、十と少し離れているだけではございませんか。国内にはその倍ほどのご夫婦もおられましてよ」
「まあそうだが……」
「真実の愛など求めません、愛がなんたるかを知りませんし、知らぬままで結構です。ですが陛下のことは尊敬しておりますもの。この気持ちだけでお支えするには十分ですわ」
困惑を見せるエルナンド。オリビアが向けた渾身の微笑みに、しばし沈黙が落ちる。
楽団の音色に合わせ盛り上がる会場の中で、ここだけがまるで異空間。
――と、エルナンドの表情が諦めたようにゆるむ。
「あなたを妃に迎えよう。無論、王妃として」
その声は朗々と。
ダンスに興じていた者も、食を楽しんでいた者も。近く声を耳にした者から驚嘆と祝福の声が上がり、ざわめきがさざ波のように会場中に広がっていく。
元婚約者が愕然とした顔をしているのが見えたのは、たぶん気の所為。
「王妃としての活躍には期待しているが、まずは後継者を得ることが急務となる。しばらく公務は休み、そちらに集中してもらうことになるが」
「国を思えば当然のことですわ、陛下。かしこまりました」
望み通り王妃となったオリビアは、しかし自身の発言とは異なりいつしか愛を知ることとなる。それはもう少しだけ、未来のこと。