龍神様とあの日の約束。【完】
攻撃的ではないが、いつもの美也にはないはっきりした物言いは、それだけで奏を気圧した。
いつもの美也は、愛村の三人には反論せず、言う通りのことをこなしていた。
その美也が強気とは言わない態度でも、毅然としているだけで奏にはダメージだった。
言いなりだった奴が、と。
「……いいわ、あんたの目のまで証拠突き出してやる。来なさい」
そう言って、身をひるがえした奏。やはりドレッサーの掃除など気にかけていない。
美也はそっと水が浮かんでいる場所へ目をやって、
(ごめんね、あとで必ずお掃除するからね)
と心の中で謝って、奏の部屋を出た。
奏は美也の部屋をひっくり返す勢いだった。
引き出しを開け、クローゼットを開け。
もともと美也の部屋はそう広くないので、置いてあるものも少ない。自分で自由になるお金もなかったから、学校の道具や、友達からもらったプレゼントをしまってあるくらいだ。
(こっちの掃除も大変だな……)
ここまで狂気的な行動をとれる奏に、怒りを通り越して呆れてきた。
「……ない」
美也の部屋を荒らしまわった奏が、呆然とつぶやく。
「私はとっていませんし、あんなこともしていません。まだ疑うなら服も脱いでいいですよ」
所持品検査をされても、美也に痛いところなんてない。
そう言うと、奏はきっと睨んできた。
美也がそれに動じずにいると、「さっきのとこ、掃除して」と言って、ドア付近にいた美也を押しのけるように部屋を出て行った。
(……ほんと騒がしい人だな……。でもあの水、自分でやったわけじゃない……?)
最初は、どうせ奏が美也に嫌がらせをするためにいちゃもんをつけてきたのかと思った。
でも実際ドレッサーの引き出しは水浸しになっていたし、鏡はなくなっていた。
そして美也の部屋を荒らすときの様子は、本当にそこにあると思って探している風だった。
(私がとったわけじゃないし……おじさんやおばさんがこんなことするとも思えないし……でも奏さんが自分でやった風でもない……まさか泥棒?)
そうならば、ほかに盗られた物があるかもしれない。
おじやおばに言った方がいいだろうし、警察に届け出る話かもしれない。いや、今奏が話に行っているだろう。
美也は、掃除をしに奏の部屋に戻った。
(ってなると、これも現場保存? した方がいいのかな……)
友達の家で呼んだ探偵漫画で、そんな表現があったのを思い出す。
(……でも泥棒がわざわざ水浸しにしてくなんて、何か意味があるのかな……?)
そう思って、美也は指先を水に触れさせた。――瞬間。
光がはじけ、思わず目をつぶった美也が次に手をやっていた場所を見ると、水は跡形もなく消えていた。