うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

侯爵、ジョブチェンジですか?の巻

 建国祭を明日に控え、私は侯爵のおつかいで城に行って資料を渡してきた。急ぎの資料だったらしく、受け取った官僚は何度もお礼を言ってくれた。

 ひと仕事終えて鼻歌を歌いながら帰っていると、ちょうど人気がなくなってきた場所に差し掛かった時、数人の官僚が目の前に現れた。

 道いっぱいに並び行く手を塞ぐ彼らは、ニヤリと笑って私を見ている。

「図書塔のフェレメレン司書官ですね?」
「そうですが、何かご用件が?」
「ええ、国王陛下がお呼びです」
「嘘ですね。国王陛下は私を呼ぶならまず上司を通します」
「ああ、間違えました。第六王子がお呼びです」
「……見え透いた嘘を」
「本当ですよ」

 面識がないのに呼ばれるはずがない。

 官僚のうちの1人が手を伸ばしてきたから私は身を引いてかわす。
 来た道を引き返し逃げようとすると、そこからも敵が現れた。

 心臓の音がうるさい。
 息が上がるのが分かるが、上手く落ち着かせることができない。

 辺りを見回し逃げ道を探すものの敵の隙が全く無い。
 
 再び手が伸びてきて腕を掴まれたその時、空気を裂くような音を立てて電流が走り私の周りを駆け巡る。驚いた官僚は手を離した。他の官僚たちも慌てて私から距離を置く。

 すると、目の前に見慣れぬ生き物が現れて彼らを威嚇した。

 雪のように白い毛に覆われ、頭から生えた一角から雷を放つ、巨大な狼のような生き物。

 私を庇うように立ち塞がってくれている。

 こんな生き物がゲームに出てくるなんて佳織から聞いたことないんだけど、紛うことなき召喚獣だよね……?

 驚いていると、どこからともなく私を呼ぶ声が聞こえてくる。

『時間を稼ぐから戦闘態勢に入れ、フェレメレン』
「頭に直接語りかけてくるこの声……侯爵ですか?!」
『そうだ。君につけておいた偵察魔法でそっちの様子が見えている』

 なんだと?!

 誰もいないと思って前世で好きだったアニソン歌ってたのに全部聞かれていたなんて恥ずかしい。穴掘って入りたい。

『遠隔だから召喚獣への指示が上手くいかない。殺してしまいそうだから君が対処してくれ』
「……承知しました」

 あなたが攻撃すれば誰だってすぐにHPバロメーターがすっからからんになるでしょうよ。

 騎士団に入れる剣の腕に召喚獣を呼べる力があったらもう司書じゃなくて勇者になれるよ本当に。

 私は司書の制服のポケットから黒い手袋を取り出し装着する。司書の魔法で使うのが白い手袋に対して、その他の魔法はこの手袋を通して使われるのだ。

 魔法書や司書を狙う不届き者がいるため、司書たちはこの2組の手袋を必ず持っている。

「召喚獣を呼べるなんて知りませんでした」
『ああ、子どもの頃に水晶窟で見つけて契約した』
「え?!」

 水晶窟って険しくて大人でもそうそういかない聖域ですが?!
  裏山でカブトムシ捕まえたかのように仰ってるけど、どんな幼少期を送ったんですか?!

 侯爵のチートぶりは本当にハチャメチャでツッコミたくなるが、おかげで先ほどの恐怖心は無くなった。

 遠隔とはいえ、見守ってくれているのが心強い。

 息を整えて、敵を観察した。これから私が使うのは、攻撃魔法だ。間違えれば相手の命を奪うし、逆に私の隙を作りかねない。

光れ(ルークソリス)!」

 呪文に呼応して、眩い光が放たれる。
 目が開けられなくなった官僚たちが地面に倒れてゆく。 

「捕縛《プレヘンデア》!」 

 官僚の足元を指し魔法で脚力を奪う。
 しかし、これは1人ずつしかかけられない魔法のため拘束している間に何人かが目を手で覆いながらも逃げてゆく。

 不審者を逃すわけにはいかない。

 急いで追いかけると、建物の影の向こう側から男たちの呻き声が聞こえてきた。恐る恐る見に行くと、こちらに気づいたエドワール王子が笑顔で手を振ってくる。

「シエナちゃ~ん!ヒーローのお出ましだよ~」

 彼は逃げた官僚のうちの1人が床に伸びているのを足蹴にして捕まえていた。その周りに居る近衛騎士団が他の逃げた官僚たちも捕まえている。近衛騎士団の中には非番のバイエさんとペリシエさんもいて、どうやら駆り出されたようだ。

「無事でよかった~!ディランが魔法で知らせてきたんだよ」
「そうだったんですね。助けに来てくださってありがとうございます」
「俺を呼び出したからには今度お茶に来てもらうからね?」
「わかりました。私の方から侯爵にお願いしますね」

 その後、エドワール王子は私を図書塔に送り届けてくれた。
 本当は今日も立ち寄りたいそうだが、捕まえた官僚たちから話を聞き出すためにそのままお戻りになった。

 塔に着くと、召喚獣は消えてしまった。

 警備をしていたバルトさんとドゥブレーさんが声をかけてくれた。

 いきなり召喚獣が現れたり、侯爵が大量の伝書魔法を放ったり、眩い光が王城へ行く道の方から見えたので不安になり持ち場を離れて駆けつけたかったらしい。それができなくて悔しそうにしている2人を安心させるために笑って見せると、バルトさんはわっと泣いてしまった。

 塔に入ると、私は目を疑った。

 扉を開けてすぐの場所に侯爵が居るのだが、なんと騎士の服を着ているのだ。
 彼は壁にもたれていたが、私の姿を見てすぐに背を離した。

 勇者になれるとは思っていたが、まさか本当にそれらしい格好をしているとは予想だにしていない事態だ。

「侯爵、ジョブチェンジされるのですか?!」
「何のことだ?」
「騎士の服を着ているので驚きましたよ」
「こっちの方が動きやすいからな」

 そんなジャージ感覚で着れるものなのですか?

 侯爵ほどのレベルとなると騎士団の制服はジャージ同然なのか……やはり裏ボスの感覚はついて行けない。

 ひとまずその制服を誇りとする騎士団に謝った方が良いと思う。

 そんなことを考えていると、ふっと影が落ちてくる。侯爵の手が私の背中にまわり、私の顔は侯爵の分厚い胸板に触れた。頭の後ろに手が添えられていて動かせない。そのまま彼は私の頭に頬を寄せる。

 侯爵の香水か何かの香りが強まる。

 また、ざわざわとした気持ちが押し寄せてきた。

「侯爵、どうしたんですか?」
「心配した」
「すみません……助けてくださってありがとうございました」
「本当は助けに行きたかった」
「召喚獣だけじゃなくて第一王子殿下も召喚してくださっていたので無事でしたよ」
「少しでも遅かったら、君に何かあったかもしれない」

 冗談を言ってみても反応してくれない。
 いつもなら「何のことだ?」って呆れた顔で言ってくれるのだが……。

 彼が身体を離してくれる気配がない。しばらくこの状態のまま彼は黙ってしまった。落ち着かないけど妙な安心感があり、離れられない自分自身にも困惑する。
 
 やがて、ノアが大声で私を呼ぶ声が聞こえてくる。
 その声を聞いてやっと、ハワード侯爵は腕の力を緩めた。

 どさくさに紛れてそのまま逃げようとするが、侯爵が腕を掴み逃がしてくれない。

「フェレメレン、話があるから執務室に来てくれ」

 まさか、本当にジョブチェンジの話をされるのでは……?
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