薬術の魔女の結婚事情
一年目
相性結婚。
『身分を問わず、魔力の相性が良い相手と婚姻すべし』
ある時、少子高齢化の進んだ魔術社会で、そんな気の狂った法律ができる。それは『相性結婚』と、俗世では呼称された。
『魔力の相性が良ければ身体の相性も良く、生殖機能に問題がなければほぼ間違いなく子を産める』という迷信のような事実があり、この法律の下、国が最も相性の良い相手を見つけてくれるらしい。
この国では生まれた時や出生届を提出した際に身分問わず魔力の含んだ唾液などを採取し、その記録を取っているため無理のない法律だった。
しかし。
魔力の相性が良かろうが子を成し易かろうが、『身分』というものの影響は大きい。特に貴族は『平民と結婚なんてやってられるか!』との声がほとんどで、この制度を排除する働きが起きていた。
おまけに、法律では『性格の不一致等の問題があれば、婚約期間のひと月を過ぎた後に相手を変更できる』という補足があるので、初めに決められた相手同士で素直に結婚した者達はそう居なかった。それに、決まりを守らずに好きな相手同士で結婚している者も少なくない。
×
夏の騒がしさが身を潜め実りへと向かい始める、秋のある日。一通の手紙が少女の元に届いた。
「『貴女の相手が決まりましたので、○月×日の△時に宮廷へお越しください』……ね」
届いた手紙を読み、ふーん、と息を吐く。
そろそろこの法律も無くなるというのに、逃げ切れずに通知が届いてしまったようだ。決まった日付は今日から3日後で、指定場所は城の中だった。
理由は、『相手の職場が城の中だから』らしい。
「まあ、決まったのなら行くしかないなぁ」
手紙を受け取った齢15の少女は伸びをし、手紙をそのまま机の上に放る。手紙がコツン、と薬品の入った小瓶にぶつかり、
「わわっと、」
床にぶつかる前に小瓶を掴む。拍子に中の琥珀色の液体がゆるりと揺れた。
「あっぶな」
ほっと安堵する彼女は『薬術の魔女』と呼ばれるだけの、ただの平民だ。そう呼ばれる理由は至極簡単。薬の製作が異様に上手いからだ。
「課題のコレ、作るの面倒なくせに効果すっごく薄いんだよねー」
珊瑚珠色の明るく赤い目は、鬱陶しそうに手元の瓶を見る。そして溜息を吐き小瓶を机の上に置き直す。肩甲骨に届く程度の少し癖のある蜜柑色の髪を結び直し、彼女は立ち上がった。
「明々後日かー。まあ、アカデミーは休みだから良いけどさ」
そして、『薬術の魔女』は、魔術アカデミーの学生でもあった。
魔術アカデミーは『魔術社会の技術向上』等の経営指針の下に、一応、身分問わず魔力を保有する者達が平等に学ぶことができる教育機関だ。
入学可能な年齢は12歳のみで、18歳まで飛び級、留年無しで必ず6年間通う。
ちなみにこのアカデミー以外にも複数の教育機関があり、中には飛び級や留年ができる学校もある。
また、膨大な蔵書数を誇る魔術アカデミーの図書館は特定の区域を除き、どの本も自由に読む事ができるので『先の勉強がしたいのにできない!』なんて事態にならないようになっている。
城勤や軍事の職場に入り易いことが平民にとって、高度な教育が施されることが貴族にとって一種のステータスとなっているので、この魔術アカデミーは平民、貴族両方が通う、特殊な学校だった。
×
指定日。
薬術の魔女は指定された場所に来ていた。――要は登城し、案内のままに城内を歩き、簡易的な一室で待機させられた。
初めて入った城は煌びやかで贅の限りを凝らしている。あまり好きじゃない派手派手しさだ。
指定場所に来ても相手の姿が無いことに首を傾げたが、どうやら相手は少し仕事に手間取って少し遅れるらしい話を案内人から告げられる。
案内人は彼女の姿を見るなり、『なんだ、平民の女か』としか言いようのない態度でふっと鼻で笑った。
「(――なにこの人)」
なんか腹立つ、と、内心で思ったものの顔には出さずに薬術の魔女は通された部屋で大人しく待つ。わざわざ呼び出されたというのに、お茶菓子どころか飲み物も無いらしい。
しばらくして。
案内人が人を連れて再び部屋に入ってくる。その人物が、薬術の魔女にとって『国内で最も魔力の相性が良い相手』だ。挨拶のためか、胸に手を充てる動作の気配がした。
「お初にお目に掛かります」
そして視界に映ったその服装はきちんとしたもので、特別な職しか着れないという――確か、
「見ての通り、私は『宮廷魔術師』をしておりまして――」
その言葉に、「(そうだ、宮廷で最高峰の魔術研究をしてる職業だ)」と思い出す。
「少々、仕事が立て込んでしまい、お待たせして大変申し訳ありません」
相手の程良く低い声は淀み無く紡がれ、するりと耳に入った。言葉を使う魔術師だからかな、と一瞬で思考し納得する。
「……短い間やも知れませぬが、宜しくお願いいたします」
言葉をの終わりと共に、相手は軽くお辞儀をした。
薬術の魔女が思考を巡らせている間に、遥か上からの挨拶は終わったらしい。遥か上と称したのは、相手はちらりと視線を上げた程度では顔が見えないくらいに背の高い相手だったからだ。
薬術の魔女は声の主の顔を見ようと見上げ、
「……(うわ、目付き悪っ)」
その氷のような鋭い視線にひゅっとなった。いや、目付きが悪い訳ではなさそうだ。ただ視線が鋭いだけで。それと、顔が良い。
「(……宮廷魔術師で長身で声と顔が良い)」
思わぬ情報量に少し呆けていると
「……私が挨拶をしたというのに、御返事は無いのでしょうか? それとも、私の様な宮廷の犬とは挨拶をしたくないと?」
随分な御挨拶ですね、と彼は口元に手を遣り、値踏みするかの様に目を細める。
相性結婚の相手は、黒紫色の長い緩やかな髪と常盤色の深い緑の目を持つ男性だった。ゆるく編んでいるらしい髪は随分と長く、太腿に届くくらいある。また手入れがされているらしく毛先まで艶やかだ。
髪と同色の睫毛は長くてそれに縁どられた目は伏せ気味で儚げな雰囲気があるも何の感情も感じさせず、作り物めいていた。
だが、薬術の魔女が今まで出会った人間の中で、最も背が高くて顔が良い。
「あっ、ごめん! ……なさい、ちょっとびっくり、あ、少し驚いただけ、なので」
ぺこりと頭を下げると、なぜか彼は一瞬驚いたように目を見開いた。
「体裁等如何でも宜しいので、お好きなように話して下さって構いませんよ。その方が気が楽でしょう」
そして楽にして良いと言った。本音は「いちいちつっかえる方が会話が進まなくて面倒だ」とでも思っているのかもしれない。
「えーっと、じゃあお言葉に甘えて。わたしは「『薬術の魔女』。齢は15の魔術アカデミーの第四学年生、でしょう」……そうだけど」
遮られ不満気にその顔を見上げると、魔術師の男は何が楽しいのか口元に手を充てたまま、深い緑色の目を三日月のように細めて笑みを浮かべていた。
あだ名については知らないが、彼の言った所属については、服装を見ればすぐに判るものだった。薬術の魔女は、魔術アカデミーの制服を着ていたのだから。貴族にはドレスやスーツなどの正装があるが、ただの学生平民には制服が一番の正装になるので仕方がない。
「(……というか、自己紹介くらい自分でさせてよ)」
ある時、少子高齢化の進んだ魔術社会で、そんな気の狂った法律ができる。それは『相性結婚』と、俗世では呼称された。
『魔力の相性が良ければ身体の相性も良く、生殖機能に問題がなければほぼ間違いなく子を産める』という迷信のような事実があり、この法律の下、国が最も相性の良い相手を見つけてくれるらしい。
この国では生まれた時や出生届を提出した際に身分問わず魔力の含んだ唾液などを採取し、その記録を取っているため無理のない法律だった。
しかし。
魔力の相性が良かろうが子を成し易かろうが、『身分』というものの影響は大きい。特に貴族は『平民と結婚なんてやってられるか!』との声がほとんどで、この制度を排除する働きが起きていた。
おまけに、法律では『性格の不一致等の問題があれば、婚約期間のひと月を過ぎた後に相手を変更できる』という補足があるので、初めに決められた相手同士で素直に結婚した者達はそう居なかった。それに、決まりを守らずに好きな相手同士で結婚している者も少なくない。
×
夏の騒がしさが身を潜め実りへと向かい始める、秋のある日。一通の手紙が少女の元に届いた。
「『貴女の相手が決まりましたので、○月×日の△時に宮廷へお越しください』……ね」
届いた手紙を読み、ふーん、と息を吐く。
そろそろこの法律も無くなるというのに、逃げ切れずに通知が届いてしまったようだ。決まった日付は今日から3日後で、指定場所は城の中だった。
理由は、『相手の職場が城の中だから』らしい。
「まあ、決まったのなら行くしかないなぁ」
手紙を受け取った齢15の少女は伸びをし、手紙をそのまま机の上に放る。手紙がコツン、と薬品の入った小瓶にぶつかり、
「わわっと、」
床にぶつかる前に小瓶を掴む。拍子に中の琥珀色の液体がゆるりと揺れた。
「あっぶな」
ほっと安堵する彼女は『薬術の魔女』と呼ばれるだけの、ただの平民だ。そう呼ばれる理由は至極簡単。薬の製作が異様に上手いからだ。
「課題のコレ、作るの面倒なくせに効果すっごく薄いんだよねー」
珊瑚珠色の明るく赤い目は、鬱陶しそうに手元の瓶を見る。そして溜息を吐き小瓶を机の上に置き直す。肩甲骨に届く程度の少し癖のある蜜柑色の髪を結び直し、彼女は立ち上がった。
「明々後日かー。まあ、アカデミーは休みだから良いけどさ」
そして、『薬術の魔女』は、魔術アカデミーの学生でもあった。
魔術アカデミーは『魔術社会の技術向上』等の経営指針の下に、一応、身分問わず魔力を保有する者達が平等に学ぶことができる教育機関だ。
入学可能な年齢は12歳のみで、18歳まで飛び級、留年無しで必ず6年間通う。
ちなみにこのアカデミー以外にも複数の教育機関があり、中には飛び級や留年ができる学校もある。
また、膨大な蔵書数を誇る魔術アカデミーの図書館は特定の区域を除き、どの本も自由に読む事ができるので『先の勉強がしたいのにできない!』なんて事態にならないようになっている。
城勤や軍事の職場に入り易いことが平民にとって、高度な教育が施されることが貴族にとって一種のステータスとなっているので、この魔術アカデミーは平民、貴族両方が通う、特殊な学校だった。
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指定日。
薬術の魔女は指定された場所に来ていた。――要は登城し、案内のままに城内を歩き、簡易的な一室で待機させられた。
初めて入った城は煌びやかで贅の限りを凝らしている。あまり好きじゃない派手派手しさだ。
指定場所に来ても相手の姿が無いことに首を傾げたが、どうやら相手は少し仕事に手間取って少し遅れるらしい話を案内人から告げられる。
案内人は彼女の姿を見るなり、『なんだ、平民の女か』としか言いようのない態度でふっと鼻で笑った。
「(――なにこの人)」
なんか腹立つ、と、内心で思ったものの顔には出さずに薬術の魔女は通された部屋で大人しく待つ。わざわざ呼び出されたというのに、お茶菓子どころか飲み物も無いらしい。
しばらくして。
案内人が人を連れて再び部屋に入ってくる。その人物が、薬術の魔女にとって『国内で最も魔力の相性が良い相手』だ。挨拶のためか、胸に手を充てる動作の気配がした。
「お初にお目に掛かります」
そして視界に映ったその服装はきちんとしたもので、特別な職しか着れないという――確か、
「見ての通り、私は『宮廷魔術師』をしておりまして――」
その言葉に、「(そうだ、宮廷で最高峰の魔術研究をしてる職業だ)」と思い出す。
「少々、仕事が立て込んでしまい、お待たせして大変申し訳ありません」
相手の程良く低い声は淀み無く紡がれ、するりと耳に入った。言葉を使う魔術師だからかな、と一瞬で思考し納得する。
「……短い間やも知れませぬが、宜しくお願いいたします」
言葉をの終わりと共に、相手は軽くお辞儀をした。
薬術の魔女が思考を巡らせている間に、遥か上からの挨拶は終わったらしい。遥か上と称したのは、相手はちらりと視線を上げた程度では顔が見えないくらいに背の高い相手だったからだ。
薬術の魔女は声の主の顔を見ようと見上げ、
「……(うわ、目付き悪っ)」
その氷のような鋭い視線にひゅっとなった。いや、目付きが悪い訳ではなさそうだ。ただ視線が鋭いだけで。それと、顔が良い。
「(……宮廷魔術師で長身で声と顔が良い)」
思わぬ情報量に少し呆けていると
「……私が挨拶をしたというのに、御返事は無いのでしょうか? それとも、私の様な宮廷の犬とは挨拶をしたくないと?」
随分な御挨拶ですね、と彼は口元に手を遣り、値踏みするかの様に目を細める。
相性結婚の相手は、黒紫色の長い緩やかな髪と常盤色の深い緑の目を持つ男性だった。ゆるく編んでいるらしい髪は随分と長く、太腿に届くくらいある。また手入れがされているらしく毛先まで艶やかだ。
髪と同色の睫毛は長くてそれに縁どられた目は伏せ気味で儚げな雰囲気があるも何の感情も感じさせず、作り物めいていた。
だが、薬術の魔女が今まで出会った人間の中で、最も背が高くて顔が良い。
「あっ、ごめん! ……なさい、ちょっとびっくり、あ、少し驚いただけ、なので」
ぺこりと頭を下げると、なぜか彼は一瞬驚いたように目を見開いた。
「体裁等如何でも宜しいので、お好きなように話して下さって構いませんよ。その方が気が楽でしょう」
そして楽にして良いと言った。本音は「いちいちつっかえる方が会話が進まなくて面倒だ」とでも思っているのかもしれない。
「えーっと、じゃあお言葉に甘えて。わたしは「『薬術の魔女』。齢は15の魔術アカデミーの第四学年生、でしょう」……そうだけど」
遮られ不満気にその顔を見上げると、魔術師の男は何が楽しいのか口元に手を充てたまま、深い緑色の目を三日月のように細めて笑みを浮かべていた。
あだ名については知らないが、彼の言った所属については、服装を見ればすぐに判るものだった。薬術の魔女は、魔術アカデミーの制服を着ていたのだから。貴族にはドレスやスーツなどの正装があるが、ただの学生平民には制服が一番の正装になるので仕方がない。
「(……というか、自己紹介くらい自分でさせてよ)」