薬術の魔女の結婚事情
尋常でない。
「ふんふーん」
とある日。
薬術の魔女は上機嫌で薬草を採取していた。
趣味でもあるが、卒業に向けての研究の内容も薬草に関するものにしようと考えたからだ。
具体的な内容は未だ思いついていないのだが、とりあえず薬草を集めておこうと考えた。
「これは熱冷まし」
キラっと透明に光る『六花草』を丁寧に専用の箱に入れる。六花草は繊細で折れやすい草なので、扱いには注意が要るのだ。
ひんやりと硬い触り心地が割と好きだった。
と、
「わぷっ!」
薬草採りをしていた薬術の魔女の顔に、小さな何かが貼り付く。
「ん……なに?」
引き剥がすと手のひらくらいの、羽の生えた黒い獣だった。大きな耳につぶらな赤い瞳で、鳴いて小さな手足をもぞもぞさせている。かわいらしい見た目をしているが、黒い身体に赤い目をしているのでこれは魔獣だ。
「もー、じゃま。ちょっと危ないから向こうに行っててね」
そっと地面に置いて、その場から少し離れる。
「虫除けの効果が切れちゃったか」
口を尖らせ、薬術の魔女はもう一度体に虫除けの薬剤をかける。実際、この薬剤は一般的に虫除けとして売られているものだった。
なんとなく小さな生き物が寄ってこないので、勝手に『簡易的な魔獣避け』として目的外の使い方をしている。
「うーん……何か、本当に寄り付かない薬とか作れたら良いのに」
呟き、薬草採りを再開する。
「これはー、入眠剤」
ふわふわな花を付けた『夢見草』を袋に詰める。これは道端でも時折見かけるので珍しくはない。だが、基本的には花を咲かせる秋には採取しない。花には軽い毒があり、薬品生成に悪影響を与えるからだ。
「んー、ふわふわ」
触りすぎると少し肌がぴりぴりするので、袋越しに眺める。しかし、薬術の魔女は花をつけた夢見草の群生地に頭から突っ込んでいたので、身体中がふわふわな花まみれだった。
第六学年生は、年明けに途中経過の発表を行うので、薬術の魔女は少しだけ焦っていた。
まだ2ヶ月近く先とはいえ、あっという間に時間は過ぎていく。
だから、注意力が散漫になって足元がお留守になっていても、仕方のない話なのかも知れない。
「うぎゃっ?!」
踏み込んだ先に硬い地面がなかった。おまけに、草に覆われて滑りやすくなっていた。
「わー!」
そして、薬術の魔女はそのまま斜面を滑り落ち、
「わっ!」
外から見えにくい窪みにはまった。
×
「あー……久々に落ちた!」
薬術の魔女は落ちた姿のまま、投げやりに零した。
落下する際に、あまり切羽詰まったような叫び声を上げなかったのは、落ち慣れていたからだ。
薬草を求めて何度も山や森に入り、その度に転けて足を滑らせ落下や尻餅を搗きまくったので、足を滑らせる程度では騒がなくなった。
「……あの人のお守りを持っていかなかったから、かな」
と、呟く。思い出すと、魔術師の男に手渡されたお守りをもらった辺りから山や森での怪我や事故が減っていたように思える。
「んー、今日はちょっと急いでたからなぁ」
はぁ、と窪みの中で溜息を吐いた。
今まで、こういった場所にはまった時には偶然にも通りかかった魔獣討伐の部隊や自分じゃない人を探しに来た捜索隊に見つけてもらっていた。
「(……運が良かったんだなぁ)」
と、考える。いい感じに体が窪みにはまっていて、全く動けない。
「(ベッドとかだったらちょうどいいのにな)」
と現実逃避をしながら薬術の魔女は周囲に目を向け、この場所がどこなのかを確認する。
「……げ、」
薬術の魔女は内心で冷や汗をかく。
「(ここ、魔獣の巣穴だ)」