薬術の魔女の結婚事情
色々な意味で地獄(意味深)。
「……」
浄化装置でお風呂に入ったことにならないかな、と薬術の魔女は考える。しかし、清められるのは汚れだけであって、薬術の魔女についた土や花は落ちないのですぐに諦めた。
「ん、」
服を脱ぐと土や夢見草の花が床に落ちた。
「うわ、結構付いてた……」
これを魔術師の男が後処理をするのか、と考えて
「……」
なんとなく恥ずかしくなり、考えるのをやめた。まだ髪の中にもたくさん土や花が入っているだろうし。
×
「ん、広い」
当たり前だが、屋敷の風呂は薬術の魔女が普段利用している魔術アカデミーの風呂場よりも広い。
「……」
きょろきょろと、彼女は落ち着かない様子で周囲を見る。
「(なんだか、わたしが知ってるお風呂と様子が違う……?)」
薬術の魔女が知っている風呂は、湯船の中で身体を洗うものだった。だが、今いるこの場所では湯船が思った以上に広く、既に湯が張られていた。これでは湯船の中で体を洗うのは難しいだろう。
風呂に入るよう勧めた魔術師の男がわざわざ嫌がらせをするとも考えられないので、この状態でどうにか風呂に入る方法を薬術の魔女は思考した。
「(……見た感じ、湯船の外で身体を洗う、のかな)」
湯船の外は濡れたり泡がついたりしても平気そうだ。風呂の中のお湯や水を掻き出せそうな小さな桶があるので、それで湯船の中のお湯でも使うのだろうと予想した。
恐る恐る、彼女は石鹸を手に取り湯船の外で身体を洗う。
「(『困り事』って、こういうことか……)」
そう悟った。
古き貴族には独特な文化を持つ場所が多いと、薬術の魔女は本で読んだ記憶があるので、もしかすると、その文化の一部なのかもしれない。
思わぬところで異文化交流をした、と彼女は感心する。不思議で、面白い感覚だ。
身体や髪を洗うと、流した湯の中に土と花が混ざっている。その土や花が出なくなるまで湯を被り、何も出なくなったのを確認して、薬術の魔女は湯船に浸かった。
×
回収した薬術の魔女に風呂を勧めてからしばらくして、髪を乾かす魔道具の音がし始める。どうやら風呂から上がったらしい。
「(……特に困った事は無かった様子ですね)」
意外に思いながら、薬術の魔女が来るのを魔術師の男は待つ。
「湯加減は如何でしたか」
「ん、よかった」
「そうですか」
薬術の魔女は、用意された魔術師の男の上衣をきちんと着て現れた。上衣の中からは普段から着ている、腕から体、首までをぴったりと覆う不用意な魔力の放出を防ぐインナーが覗いている。
「大きいね、きみの服」
袖を捲りながら、薬術の魔女は感心した様子だ。
「……まあ、体格差がありますからね」
言いつつ、魔術師の男は席を立つ。
「食事を作っておきました。冷めないうちに食べておきなさい」
「はーい」
×
どうやら、魔術師の男は風呂場に向かったらしい。用意された食事を目の前に、薬術の魔女は自身の状況を再確認する。
「……いつのまにかお泊り&彼シャツコースに入ってた」
違う。はっとして頭を振る。
「…………おちつかない」
普段と違う場所で普段と違う格好で、普段と違う食卓。
薬術の魔女は自身の纏う服を見る。
「うん、すっごいおっきい」
まるでワンピースドレスのようだ。
婚約者の魔術師の男は背が高い。なので、手や色々が大きい。相性結婚でそのまま結婚するとなれば、子供も作る事となるのだが。
「(……………………大丈夫かな)」
何がとは言わない。
それはともかく。
目の前に用意された食事は焼かれたパンとポトフと鶏肉のソテーと野菜たっぷりのサラダだ。
「どれもおいしそう」
冷めないうちに、と言われたので遠慮なく、薬術の魔女は簡易的に祈ってから食事に手を伸ばした。
途中で魔術師の男が現れ、薬術の魔女はの向かい側の席に座る。普段の魔術師のローブ姿でない、彼のくつろいだ格好に少しどぎまぎしながらも無関心を装って薬術の魔女は食事を続けた。(魔術師のローブは中に首まで覆う上衣を着ているので、彼の首元や鎖骨辺りが見えるのも、その緊張の要因だと思われる。)
魔術師の男も向かい側で少し祈った後、食事を始めた。弁当の件で見慣れているものの、彼はよく食べる。その様子を見ていると、昼以降何も口にしていなかった筈なのにお腹いっぱいな気持ちになった。
×
二人は丁度同じくらいに食べ終わった。そしていつものように、薬術の魔女は使用済みの食器を率先して片付ける。
「では、特にする事がなければ、歯を磨いて寝なさい。木の札があるので寮の自室へ戻るのも良いでしょう」
片付けが終わり、魔術師の男がそう告げると、
「……ん」
薬術の魔女はきゅっと口を結んで頷く。
「如何なさいました?」
普段とは違う様子に問いかけると、
「…………ちょっと、ぎゅってしていい?」
薬術の魔女は申し訳無さそうに、魔術師の男を伺い見る。
「……御自由に」
なんともない風を装っていたものの、やはり遭難中は心細かったのだろう。許可を得るや否や魔術師の男を抱きしめ、薬術の魔女はその胴体に顔を埋めた。
「…………」
なんとなく、魔術師の男はその背中そっと撫でる。
しばらくして、薬術の魔女が静かになった。心なしか、体重を預けられているような。
そっと、魔術師の男は薬術の魔女の顔を覗き込む。
「……本当に変わった方だ」
立ったまま眠るとはと、呆れと関心の感情が湧く。
不用意に起こさぬよう眠りが深くなる呪いをかけ、抱き上げて薬術の魔女を部屋に運び、その寝台に寝かそうとした。だが、なぜか服を掴んで全く離れなかったので、仕方なくそのまま魔術師の男は共に寝ることにする。
薬術の魔女に用意した寝台だと自身の身体の大きさが合わないので、仕方無しに自室に運んだ。