薬術の魔女の結婚事情
お菓子か悪戯か、新しい要素。
「うわぁ、なんだかすごい」
薬術の魔女は感嘆の声を上げた。
なぜなら、虚霊祭の様相が去年までよりも遥かに、豪華になっていたからだ。
どちらかと言えば作物よりも悪霊を模した飾りが多いように見える。
「(まるで、学校全体がお化け屋敷になったみたい)」
ほう、と不思議な関心に小さく息を吐いた。
ちなみに、今回の薬術の魔女の仮装は猫耳尻尾付きの『魔女』である。
膝丈のフリルやレースたっぷりの黒いドレスに、同様にフリルたっぷりの幅の広い袖、太腿丈の黒い長靴下など。その上から、裾に切り込みを入れた白衣を羽織っている。
実は、今回の仮装はその2とともにデザインして作り上げたものである。
「魔女ちゃん!」
「なに?」
呼びかけられた声に振り返ると、
「よかった。ここにいたんですね」
薬術の魔女と少し似たデザインの、フリルたっぷりな膝丈のドレスを纏ったその2が駆け寄って来たところだった。違いは大体白い布が多く、モチーフが修道女メインで『聖女』らしい事ぐらいだろうか。
「どうしたの?」
「お菓子か悪戯か、どっちがいいですか?」
そう問いかけ、お菓子の入った手提げのバケツ型の入れ物を二つ差し出した。その中にはたっぷりと様々な色をした飴が詰まっている。
「えっ?」
「ふふ。今回の学芸祭は、今までと一味違うんですよ?」
首を傾げる薬術の魔女に、その2は屈託なく笑いかけた。
「お化けに仮装した学生達が、会場に来ていただいた皆さんに、お菓子を配るんです」
「あれ、そうだっけ?」
薬術の魔女は首を傾げる。その話は聞いたような聞いていないような。少しだけ、学芸祭前に聞いたような気がした。
「まあ、『お菓子か悪戯か』と聞いた人に渡せば良いだけの話なんですけれど……」
すっかり忘れている様子の薬術の魔女に、その2は苦笑いをする。
「お菓子を差し出したら、悪戯から逃れられるんです」
良いですか、と一言置いてから、子供に言い聞かせるかのような調子でその2はおしえてくれた。
「……その、『いたずら』って?」
「これです!」
その2は、絵の描かれた紙を薬術の魔女に見せた。
「『割引券』?」
描かれている文字を見て首を傾げると、その2はそうだと言わんばかりに頷く。
「そうです。実は、お菓子か悪戯を要求できる学生は『お店を開いている学生』にだけ限定してあって」
「うん」
「この『飴』を、悪戯かお菓子かを要求したお客さんに渡した数が多いほど、学生会に献上する料金が減ります!」
「なるほど?」
それはお得、と考えて良いのだろうか。薬術の魔女は反対側に首を傾げる。
「それで、お菓子が渡せなかった場合は、この割引券で商品を安く買い叩かれます」
「ひえー」
お菓子を渡さなければ売り上げが下がってしまうらしい。ちなみに、お菓子不足にならないよう学生会にまで行けば、割引券1枚で一個、『飴』を受け取ることができるらしい。
「説明会を行なっていたのに、魔女ちゃんが全然来てくれなかったので説明しに来ました」
「うん、ありがと」
わざわざ、学生会会長のその2が説明をしていたらしい。だが、そのことを薬術の魔女は知らなかった。あるいは、聞いていたけれど忘れていたか。
「それで、この『飴』が、魔女ちゃんの分です!」
そう言い、その2はもう一度飴のたっぷり詰まったバケツ型の入れ物を二つとも差し出す。
「へぇー。って、多くない?」
「気のせいですよ?」
バケツ型の入れ物の縁までギリギリに入った飴を見て問うも、その2は小首をかしげただけだった。
×
「『お菓子か悪戯か』?」
仮装をした客が問いかけ、
「『お菓子』!」
と答えた店員が、問いかけた客に『飴』を手渡す。
また、『飴』がなくなった店では
「い、『悪戯』で……」
と店員は返答し、客から割引券と半分になった料金を受け取っていた。
『お菓子か悪戯か』の問いかけは、商品を購入する店では購入する前に、体験や参加型の店では参加前に、問いかけなければいけないらしい。
「うーん、新しい」
今までにない要素のお陰か、学芸祭は普段よりも盛り上がっているような気がした。薬術の魔女も、少しわくわくしていた。
「『お菓子か悪戯か』?」
薬術の魔女の店にも、問いかけを行う客は訪れる。
「はい、『お菓子』!」
そう答えて薬術の魔女はお菓子を手渡し、少し残念そうな顔の客から料金を受け取った。
『お菓子か悪戯か』の問いかけを行う客は、若い子どもや学生の姿が多いが、大人の場合もある。
「んー、学生のわたしがお菓子を渡す側になるとは」
今まではお菓子を渡すのは大人で、お菓子を受け取るのは子供だけだと思っていた。
だが、今回の学芸祭ではそれを覆すような内容だ。
その2の話によると、初めは反対の声の方が多かったらしいが、色々と対話や意見の擦り合わせを行なって今のような状態にできたのだとか。
「(すごいなぁ)」
と、薬術の魔女はなんとなく思う。
新しいものを思いつくことや、それをうまい具合に周囲と意見を擦り合わせていくなんて。
「(わたしには難しいなぁ)」
そう思いつつ、『お菓子か悪戯か』を問いかけた客さんに『飴』を渡していく。
薬術の魔女がその2から受け取った飴はバケツ二杯分もある。話によると、バケツ一杯で50個も入っているらしい。
周囲のお店の保持している飴の量がどのくらいあるかは分からないが、薬術の魔女が保持している飴はなかなか減らない。
「(『悪戯』で安く持っていかれるのも、まあ別に構わないんだけど)」
基本的に、薬術の魔女が作る商品は野草を利用しているので、いくら安く買い叩かれても懐はそこまで痛まないのだ。
「(まあ、入れ物の代金ぐらいはかかるんだけれどさ)」
『お菓子か悪戯か』を問いかけた客に飴を手渡しながら、薬術の魔女は思うのだった。
×
そして一日目は、飴が途切れることなく無事に終わった。
「意外と飴って消費するんだなぁ……」
店じまいをしながら、薬術の魔女は呟く。
いつのまにか、バケツ二杯分もあった飴は残り僅かになってしまっていた。
空っぽのバケツを覗き込みながら、薬術の魔女は『新しい飴を補充しなきゃだなぁ』と、のんびりと思っていたのだ。