薬術の魔女の結婚事情
取り引き。
二日目の朝、店を開く学生達に学生会から追加の飴をバケツ一杯分が配られた。一つの店につきバケツ一杯分だ。
喜ぶ学生達を眺めながら、なんとなく『春季の食糧配給みたいだなぁ』と、薬術の魔女はなんとなく思っていた。
そして薬術の魔女が開く店にも、バケツ一杯分の飴の配給がもたらされた。
「昨日の分は、少し余っちゃったみたいですね」
と、昨日のバケツの中を覗き込みながらその2は問いかける。
「うん。まあ、わたしのお店は傷薬や化粧品とかしか売ってないし」
頷き、薬術の魔女は自身の製作した商品達を手に取った。
「もう一つ、バケツが必要ですか?」
「ん、今はいらないかな。あと、わたしだけ特別扱いってのは良くないよ」
「……、そうでした」
一瞬、ハッとした顔をしたのち、てへ、とその2は照れた様子で笑った。
×
薬術の魔女が開いている店は化粧品や薬など、実際、あまり学生達が買いに来るようなものではない。だがリピーターや興味を持った客が現れるために、二日目が終わる頃には昨日の飴も、追加でもらった飴も残りが随分と少なくなってしまった。
「うわ、あと一個だ……」
と、薬術の魔女は呟く。
時計を見ると、学芸祭の二日目の終了時間が目前まで迫っていた。薬術の魔女が用意した商品はまだ残っているが、随分と人も減っており、今日もまた飴を切らさずに終わりそうだ。
と、思っていたのだが、客が現れて『お菓子か悪戯か』と問いかけて最後の飴を持って行ってしまった。
「飴、なくなっちゃったー」
なくなるものなんだなぁ、と感心しながら空っぽになったバケツを覗き込んだ。
と、
「おや。『飴がなくなった』と、仰いましたか」
「え?」
その声に顔を上げると、目の前に魔術師の男が現れていた。相変わらずの、血に濡れた猫人間のような出立ちで、一般的な魔術師のローブを身に纏っている。
「『お菓子と悪戯』、何方が宜しいですか」
にこ、と彼はいつものように笑みを浮かべて、商品と割引券を差し出していた。
「え、」
驚き、薬術の魔女は彼の顔と商品とを見比べる。
去年の学芸祭のように、三日目に少しだけ彼は現れるものだとばかり思っていた。まさか二日目の今日、この場に現れるとは、微塵にも思いやしなかったのだ。
なんでいるの、と慌てる薬術の魔女に構わず、商品を持った魔術師の男はそのまま問いかけた。
「では『悪戯』……でも?」
「えっと、」
口元を緩めて微笑み、薬術の魔女の顎に手を滑らせる。それから、薬術の魔女の顔を軽く持ち上げた。
「ん?」
「ふふ」
やや上を向かされ魔術師の男と目が合うと、魔術師の男は愉しそうに目を細める。
「え? なに?」
『なに、この状況?』と薬術の魔女が戸惑っていると、
「『お菓子』をどうぞ」
そう声が割り込み、『飴』を持った手が差し出された。
割り込んだのはその3だ。
「あとね、ここのお店はお触り厳禁だよ。仮に婚約者だとしても勝手に触るのはどうかと思うけど?」
と、人好きのする笑みを浮かべて、その3は牽制をする。
「……ふむ」
薬術の魔女から手を離した魔術師の男は、その3を見下ろした。一瞬、彼の口元が引き攣ったが、薬術の魔女は気付かない。
「因みに。貴方は此の店の手伝いの者でしょうか?」
じぃっとその3を見つめ、ゆっくりと彼は首を傾ける。なんだか圧迫感を感じた。
「そうだよ。今年は僕が、手伝っているんだ」
魔術師の男が、ちら、と薬術の魔女に視線を遣ると、『そうだよ』と言いたそうに頷く。
「……残念です」
にこ、と微笑んだ。
「可能成らば、彼女から其の飴を賜りたく存じますが」
それから彼はその3の差し出す飴を一瞥し、薬術の魔女に視線を向ける。どうする、と言いたげにその3も視線を向けた。
「うん、いいよ」
素直に頷き、薬術の魔女はその3から飴を受け取る。嫌いじゃない人からの大変でない頼み事なら、別に構いやしないと薬術の魔女は思ったのだ。
「はい。『お菓子をそうぞ』」
「ふふ。確かに此の『飴』、頂戴致しました」
それから、魔術師の男は商品を買っていく。そして、
「此の『割引券』とやらは置いていきます」
と、薬術の魔女の目の前に『悪戯』で使われるはずの割引券が複数枚差し出された。
「校内への入場時に冊子と共に頂いたものです」
差し出したままで彼は言う。
「え、使わないの?」
「えぇ。其れに、割引券の使い方には何の言及も無かったでしょう」
不思議そうに首を傾げつつ見上げる魔女に告げ、
「また明日、菓子と札を渡しに参ります」
そう優雅に礼を取ると、唐突に消えた。
「……なんだったんだろ」
まさかまた失心草でおかしくなってないよね、と思いながら薬術の魔女は店じまいを行う。
変なにおいはしなかったので大丈夫、なはずだ。
「君の役に立てたかな?」
同じく店じまいの手伝いを行いながら、その3は伺うように薬術の魔女を見る。
「うん。ありがとう」
感謝を述べると、
「それはよかった。僕は君を、助けたかったんだ」
その3はそう答えた。