薬術の魔女の結婚事情
学習“は”した。
「はい、お菓子」
学芸祭三日目の終わる昼頃。
魔術師の男が現れるなり、薬術の魔女は菓子を差し出した。
「おや、お早いですね」
目を見開きつつも、魔術師の男はそれを受け取る。昨日と同様に血濡れの猫人間の出立ちで、服装は宮廷魔術師のものだ。きっと、お菓子を渡した後はすぐに職場へ帰るのだろう。そう考えると、忙しい合間を縫ってわざわざ来てくれたんだ、と薬術の魔女は嬉しくなった。
「だって、いたずらされたくないんだもん」
早い菓子の手渡しについて魔術師の男が言及すると、薬術の魔女は少し頬を赤く染めて答える。昨日のような、顎を捉えられて顔を上げさせられる行為など、なんだか恥ずかしく二回目はあまり食らいたくはないと思ったのだ。
「……ふむ。まあ、此度は未だ何も商品すら手に取って居りませぬが」
店に訪れて早々に菓子を差し出されたのだから、彼の主張は当然の話だった。
「良いの。あとこれは普通にわたしからきみにあげるためのお菓子だから」
だが、薬術の魔女は思いもしない言葉を告げる。
「おや、然様ですか」
それを聞き、魔術師の男は軽く目を見開いた。そして、面白いものを見たかのように、口元に手を遣り目を細めて笑う。
「どうしたの?」
「奇異な事だと思うたのですよ。成人してから菓子を頂くとは」
ゆっくりと笑うのを止め、魔術師の男は不思議そうに首を傾げる薬術の魔女を見下ろした。
「どういうこと?」
「実は私、斯様な虚霊の日に菓子を頂く等初めてで」
他日成らば土産物や決まり事のもので有るのですが、と、魔術師の男は答える。
「……それって、」
つまり、虚霊祭では一度も菓子を貰っていないのだから、お守りを貰ったことがない、ということではないのか。けげんな表情で薬術の魔女は彼を見上げるが、魔術師の男はなんてこともないような顔で薄く微笑んだだけだ。
「……まあ。其れは如何でも良いのです」
どうでも良くなさそうな事を言っておきながら、魔術師の男は話を切り上げた。
「折角ですので、頂いておきましょうか」
と、魔術師の男は薬術の魔女から菓子を受け取る。そして、
「此れが今年の菓子と札で御座います」
そうやって、どこからともなく菓子の詰まった袋を取り出した。
「一等強いものを拵えましたので、大事になさって下さいまし」
「うん。わかった」
去年は、ついうっかり漏らした魔力で札を台無しにしてしまった。おまけに、その後に色々と大変な目に遭ったのだ。御守りの大切さを身をもって思い知ったとでもいうのか。
「『お菓子くださいな』」
「『どうぞ、お菓子をお持ち帰りください』」
きちんとやり取りを行い、薬術の魔女は魔術師の男から菓子と札を受け取る。
薬術の魔女は今度こそ、魔力で台無しにしないよう、鞄に入れた。
「……今回は、直ぐに開けないのですね」
おや、と軽く目を見開き、魔術師の男は問いかける。去年も一昨年も、薬術の魔女は貰った直後に魔術師の男の前で菓子の袋を開封していた。今年もそうするだろうと思っていたのだろう。
「うん。だって去年みたいにお札を台無しにしたらって思ったら……ちょっと怖くなったんだもん」
む、と顔をしかめ、薬術の魔女は答えた。
「…………成程」
魔術師の男は、にこ、と微笑む。
「……なんか、すっごく失礼なこと思ってない?」
「いいえ。貴女も成長はするのだなと思うた次第で御座いますとも」
「ちょっと!」
くすくすと笑う魔術師の男に、薬術の魔女は頬を膨らませた。
「……処で、本日は手伝いの者はいらっしゃらないのですね」
周囲に視線を向け、魔術師の男が問いかけると
「あ。あの子はね、割引券を『飴』と交換しに行ってるところだよ」
そう、薬術の魔女は答える。
「なにか用事があったの?」
「いえ。唯、姿を見ないと思っただけで」
と、魔術師の男が呟いたところで、
「邪魔者で、悪かったね」
『飴』のたっぷり入ったバケツを持ったその3が現れた。
「あ、戻ってきたんだ」
ぱっと薬術の魔女はその3のほうを見る。同じくその3のほうを見、魔術師の男は丁寧に会釈をした。
「うん。昨日の人がたくさんの割引券を、うっかり大量に置き忘れてくれたおかげで、こんなに『飴』が」
と、意味あり気にその3は魔術師の男に視線を向ける。
「へぇー、割引券ってこんな使い方があったんだ。ありがとう」
薬術の魔女は魔術師の男を見上げ、お礼を述べた。
「……用事は済みましたので戻ります。其れでは」
薬術の魔女に微笑み、魔術師の男は姿を消す。
×
そしてその夕方に、薬術の魔女から魔術師の男の元へ連絡が入ったのだ。
「おねがい! その3……じゃなくて、転入生の、くすんだ金髪の子、わたしのお店のお手伝いをしてた子が、いなくなっちゃったの! 探すの手伝って!」
と、かなり焦った声で。