薬術の魔女の結婚事情
かいじゅう。
話によると、お守りを入れていた鞄を忘れて取りに行こうとした際に、薬術の魔女は足と腕を姿のない『何者か』に掴まれ、どこかに引きずり込まれそうになっていたらしい。
そこへ鞄を届けに来たその3こと覚醒者が、薬術の魔女を押し退け、そのまま手に捕まって消えたのだと。
「は、何故私が」
至極冷たい声色で魔術師の男は問いかける。
「其の様な瑣末事等、他の軍人や魔術師、警備、警邏の者に頼む方が道理に適っているのでは」
『ん……きみ、わたしを探せるでしょ? だから、見つけてくれるかなって……』
「其れに、自業自得でしょう」
『う゛、』
確かに軍人に頼む方が通常なら正しいと思い直したのか、彼女の言葉は尻すぼみになった。そして、元々の要因は薬術の魔女にあり、それをかばい身代わりになったのは覚醒者自身の責任だと告げる。それ以外に言いようがない。
「私は貴女の婚約者で御座います。なので、『貴女が』行方知れずとなれば探すのは吝かでは有りませぬ」
そう告げた後、
「ですが。其の姿を消した方は私の身内でも貴女の直接の身内でも何でも御座いませんので、探す道理が無いのです」
「私に頼り過ぎなのでは」と、魔術師の男は問いかける。
『……たしかに、きみに頼りすぎてたみたいだ。……勝手な事を言ってごめんなさい』
薬術の魔女は沈んだ声で謝った。どうやら心底反省しているらしい。
「御理解を頂けたようで何よりです」
ここで更に「そんな御託は良いから助けてあげて」なんて言われたら別の呪いでもかけてやろうかと魔術師の男は考えていた。助けられないことを嫌がるわけでなく、できれば起こらないで欲しいと願う、引き際を弁えている思考は悪くない。
『でも、人が一人いなくなったのを“さまつごと”なんて言葉で片付けないでくれるかな?』
「……嗚呼、失礼致しました」
かつてない強い語気に、それが彼女の譲れない部分なのだと理解した。他者を不要に無碍にするのは良しとしないらしい。
『ん。わかってくれたならいいの』
「其れで。私に断られた場合、貴女は如何なさるので?」
最善だと思った案が却下された際の彼女の行動について、魔術師の男は問う。すると
『んー……外に出て探し回りたいのが本音なんだけど、絶対ダメだろうから、行方不明者の捜索隊の人に連絡して大人しく待っとく』
と、不承不承ながらも彼女はそう答えた。
「宜しい。……若し『探しに行く』等との戯言を申して居れば、拘束の呪いを掛ける処でした」
『なんか物騒……』
「明日にはどうせ見つかります。何の様な結果であれ」
困惑する薬術の魔女を魔術師の男は諭す。
『うん。……見つかるといいな』
「然様ですか」
『……落ち着かないから寝る。おやすみ』
「ええ。御休みなさいませ」
連絡を切った魔術師の男は、机に拡げていた卜占の道具を片付ける。
目的の対象を見つけたからだ。
×
「扨。此の辺りでしょうか」
深夜、魔術師の男は人気のない山に足を踏み入れる。
何か黒い塊を内包した、冷たい風が横をすり抜けて行った。
「(……嗚呼、本当に)」
面倒だと、絆されてしまったと、溜息を吐く。
自ら、『誰かのため』に行動を為る等、と。
魔術師の男は薬術の魔女のために、行方不明になった覚醒者の行方の捜索を行なっていた。
彼女の性格を考慮すると、覚醒者が居なくなったのならば責任を感じ、『自分のせいでいなくなってしまった』と、しばらくの間彼女の心を占めるのだろう。
それが、嫌だった。
子供の我儘のような理由だったが、そう自身で感じたのだから仕方がない。
元々、もしもの可能性を考え予め探し物の呪いを行えるよう、準備をしていた。薬術の魔女が連絡を入れた時点で既に術を発動させ、覚醒者の捜索を開始していたのだ。
そしてようやく、居場所の大まかな見当がついた。
「(いやはや。異なる次元の捜索を行う羽目になるとは)」
顔を動かさず、視線だけで闇夜に沈む周囲を見渡す。
以前から、この日の行方不明者やその捜索について、様々な研究が行われていた。
魔術師の男は、屋敷内や王都中に有る魔術書や研究報告書、資料、果てには呪猫の書物庫の書籍などを式神を駆使して目を通し、『神隠し』から帰還した者の記録やその類似案件、召喚術式、儀式を見つけ出した。
見つけ出したそれらを、魔術師の男は自身の使える形式にまで落とし込み、式を組み上げ、発動させ、ようやく居場所を見つけたのだ。
「実に、面倒でしたね」
ここまで必死に動いたのは久しぶりだと、小さく溜息を吐いた。
誘いの魔獣であろう黒い風は、成人の魂や取れない魂には興味を示さない。だから、誘いの魔獣達は魔術師の男には目もくれずに通り過ぎて行く。
また、彼らは転生者や転移者の魂は好まない。
だから、彼はここまで無傷で来られたのだろう、と、魔術師の男は後ろを振り向く。
「……処で。何か御用でしょうか『勇者殿』」
暗闇の中に、朝日のように煌めく瞳の少年が立っていた。