薬術の魔女の結婚事情
探し物
「俺は、『お前』に用事はない」
転生者は魔術師の男を見据え、はっきりと答える。
「『お前が見つけた先』に、用事がある」
魔術師の男は転生者の顔を一瞥し、元の方向を向き、歩き始めた。慌ててその後を転生者は追う。
「アイツが居るんだろ」
山道を歩きながら、転生者はその背中に問いかけた。
「……アイツとは何方の事で?」
「分かってて聞くなよ、ここまで来てんだぞ」
魔術師の男の返答に、少し苛立った様子で転生者は舌打ちをした。
「いえ。若しもの事、が有るでしょう」
「……くすんだ金髪の、お前達が、『覚醒者』って呼んでる魔術アカデミーの男子学生だよ」
その言い分に多少なりとも納得したのか、転生者は答える。
「成程。持ち前の『正義感』とやらで救うのですか」
「違う!」
魔術師の男が投げかけた言葉に、転生者は叫ぶように断言した。
「行方不明になった男子学生は、俺の同室だ」
「然様ですか。高々同室となった相手に其処迄出来るのですねぇ」
お優しい方の様で、と茶化す魔術師の男を転生者は睨んだ。
「ふざけるんじゃねぇ! 2年以上も同室なんだぞ」
「そうですか」
「そうだ! だったら、お前も『たかだか2年と少しだけ法律で一緒になった相手の為に、よくそこまでできるな』って話だろ」
「……そうでしょうか」
まあ確かにそうかもしれない、と胸の内で思いつつも、魔術師の男はてきとうに相槌を打つ。
「頼まれて探しに来たんじゃないのか?」
「…………ふふ。そうで御座いますね」
怪訝な顔をした転生者に、魔術師の男は薄く微笑んだ。
「それに、同室ってだけじゃない。あいつは、俺を助けてくれた。……だから、その礼もしたい」
「若し、彼が助け出す事を望んでいない成らば?」
自身の価値観の押し付けではないのか、と魔術師の男は暗に問いかけてみるが、
「それなら、感謝の気持ちを伝えるだけにしておく」
「ふむ」
転生者は『その時はその時だ』と、柔軟な様子を見せた。多少は、相手の聞く耳を持つようになったらしい。
「そもそも、お前は勇者が必要だから呼んだんだろ」
魔術師の男の後を追いながら、転生者は言う。
「わざわざ俺の目の届く場所で怪しい行動しやがって」
「…………怪しい行動、とは」
「『心眼』じゃなきゃ見えない術とか痕跡とか残しておきながらそんな事言うのか?」
転生者は怪訝な声を上げた。
「『薬術の魔女』の趣味を疑うな」
怪訝な顔のまま、転生者は言い捨てる。振られた時に言われた『結構すてきなひと』の、一体どこに該当するというのだと。
「そうですか」
自身もそう思う、とは思いつつ魔術師の男は流した。
「……とにかく、俺の『聖剣』が必要なんだろ」
「…………えぇ。そうですね」
兎角、次元を越えるには、転生者の力が必要だ。
×
「此処です」
魔術師の男は黒い風が吹く山の、頂上の辺りで足を止めた。
「……何も無いじゃねぇか」
転生者が周囲を見回しても、ただの薄暗い森があるばかりだ。
「貴方の目は飾りですか。貴方の、其の御自慢の『心眼』とは」
「何でいちいち腹が立つような言い方をするんだ」
「抑々、私は何も成していらっしゃらない貴方より、圧倒的に身分は上ですからね。多少は学んだのでしょう? 此の世界について」
「ぐ、」
言い返せずに渋々と転生者は心眼を使い、周囲を見回す。
「……あ?」
そうすると、何か歪みらしきものが見つかった。
「早う其処の『怪しい』と感じた箇所に刃を突き立てて下さいまし」
「分かったよ」
転生者がそこに聖剣を充て、押し込む。と、透明なゼリーに突き立てたかのような僅かな抵抗と共に、ゆっくりと聖剣が刺さった。
そして、転生者はそれに驚きつつも剣を下に動かす。
「く、空間が切れた……」
「退きなさい」
言うなり、魔術師の男は転生者をその場から押し退け空間に紐を滑り込ませる。
「ってぇ、何す「静かに」……本当に何なんだよ」
悪態を吐く転生者をそのままに、魔術師の男は隙間のぎりぎりにまで近付き、紐で中を探る。
「見つけました」
「なんだと」
「……まぁ、手遅れやも知れませぬが」
「は?」
「此の様に『神』からの抵抗無く、実に容易に取り戻せております故」
魔術師の男が身体を裂けた空間の側から離し、
「待て。お前、なんでそんなに魔力が減っているんだ?」
何かに気付いたらしい転生者は魔術師の男に問いかける。魔術師の男から、魔力がゴッソリと抜け落ちていたのだ。
「……魔力を吸うのですよ。我らが『神』は」
「私は慣れておりますので、此の程度で済んでいるのです」と、魔術師の男は面倒そうに溜息を吐く。
そして、紐をぐい、と引き隙間から黒い何かにまみれた覚醒者を引きずり出した。
「…………死んだのか?」
「扨。如何でしょうかねぇ」
魔術師の男がそう答えた時、
「……ん、僕はまだ死んじゃいない」
覚醒者が動いた。薄く目を開き、まとわりつく黒い何かを拭う。
「でも、殺してほしい」
「何でだよ?!」
「僕は、知ってしまった」
震える声で、覚醒者は呟く。
「僕の、『役割』を」
「『役割』?」
眉をひそめた転生者に構わず、覚醒者は言葉を続ける。
「『塔の悪魔』。これが、僕の魂の姿で僕の役割だ」
「このままだったら、いつの日か、僕は世界を作り替えてしまう」と、覚醒者は呟いた。
「『塔の悪魔』って、なんだよ。それに、役割って」
「よくわからない……でも、そうって事だけはわかるんだ」
差し出された転生者の手を掴み、覚醒者は起き上がる。
「『いつの日か』って事は、今すぐって訳じゃないんだろ?」
「そうだけど……僕が役割を果たしてしまう前に、僕を封印……殺して、欲しい」
「……」
「あの子が穏やかに暮らすには、僕は居ない方がよかったんだ」
「そんな事はない! 俺は、お前のおかげでやっとまともになれたんだ」
「お願い。その『聖剣』で、僕を刺して」
「嫌に決まってるだろ」
「でも、『聖剣』は勇者しか所持できないし、使用もできない。……そこの人なら、僕をさっさと殺してくれただろうけれど」
と、覚醒者は魔術師の男に視線を向ける。
「貴方の中身を、封印為れば宜しいのですか」
二人の会話を聞いていた魔術師の男は、静かに覚醒者へ問いかけた。
「……うん、そうだけど。生半可な封印じゃダメだよ。君程度の、ただの宮廷魔術師なら」
「…………では。何の程度の者ならば、宜しいので?」
『ただの宮廷魔術師』と言われ、魔術師の男は僅かに口元を引きつらせたが微笑みで覆い隠す。
「この国で一番術が使えるらしい、呪猫の当主くらいの実力がないと」
その言葉を聞いた直後、魔術師の男は笑顔を浮かべたまま、視線を横に向ける。
「奴ならば……そうですねェ。可能でしょうとも、ええ」
素晴らしい方ですからね、と口元だけで微笑み、頷いた。……しかし、ぎりぎりと、奥歯を噛み締める音がする。
「だが」
そして、魔術師の男は目を見開き、覚醒者を睨んだ。
「奴如きに、私が遅れを取るとお思いか貴様は」
「えっ」
急に態度を変えた魔術師の男に、覚醒者は戸惑いを隠せない。
「して見せましょう。いいえ。絶対にやり切って差し上げる。奴依りも先に、其の中身の封印をば」
そして、覚醒者へ距離を詰めた。
「さあ、見せなさい。貴方の中身を」
「っ、」
言うなり、魔術師の男は覚醒者の顔を掴み無理矢理視線を合わせる。
「なに、」
魔術師の男は自身の邪眼のような魔眼を使い、目を通して覚醒者の魔力と、魂の記録を読み取る。
「待って、僕の中身は『穢れ』だから、見たら……っ!」
気が狂ってしまうと、覚醒者は抵抗する。
「貴様程度の未覚醒な穢れ等、春の神と比べれば無いに等しい。黙って目を合わせなさい」
「痛い、」
真剣な顔で魔術師の男は答え、覚醒者の頬を抓る。
「……成程。理解は致しました。少々お待ちを」
少し視た後、魔術師の男は覚醒者から離れ、懐から出した帳面に何かを書き込み始めた。
「…………こうですね」
呟き、覚醒者に問いかける。
「封印、要は貴方の中身をただ抑え込めば宜しいのでしょう。……私の魂の様に」
「……うん。抑え込めるならね」
最後の言葉はよく聞き取れなかったが、覚醒者は頷いた。
「ならば術式は既に出来ておりますし、方法も見つけました。少々、改良を要しますが」
「……嘘、なんで」
その返答に覚醒者は驚く。
「……唯、『勇者』殿」
魔術師の男は転生者の方を向いた。
「なんだよ」
「術を掛けた後、貴方の『聖剣』が必要となります」
「……殺すんじゃねぇよな?」
「勿論で御座います。約束は致しましょう」
怪訝な様子の転生者に、魔術師の男は溜息を吐く。
「まあ。封印の結果、覚醒者が如何成るかは管轄外で御座いますが」
「とりあえず教えろ」
不穏な事を言うな、と覚醒者は口角を下げる。
「転移者の『聖剣』を腕輪に変えて嵌め込む必要が有るのですよ。貴方の『聖剣』は形を変えられるのでしょう」
「……形は変えられるが、それでできるのか?」
「えぇ。此処で虚偽等吐いて、私に利が有るとお思いで?」
魔術師の男は低い声で答え、それで嘘ではないと転生者と覚醒者は確信する。心眼も反応はしなかった。
「……お前はどうなんだ?」
転移者は覚醒者を伺い見る。
「…………押さえ込めるんだったら、なんだって良いよ。ああ言ったけど、やっぱり……死ぬのは怖いし」
「では、封印を行う方向で宜しいですね」
「ああ」「うん」
「成らば。私は準備をして差し上げますので、準備が出来次第、貴方方に手紙を送ります」
魔術師の男は二人に言い放った。
「手紙を受け取ったならば直後に来なさい」
可及的速やかに、と。
×
気が付けば周囲からは黒い風が止み、空の淵が薄く白んでいた。そろそろ日の出が近いようだ。
「では、『行方不明になっていた覚醒者と、探しに来た転生者を私が保護をした』と云う体で行きましょうかね」
魔術師の男は二人に言う。
「どうせ、真実を伝えても信じる者等居らぬのです」
「……まあ、俺は勝手に出た方だしな」
転生者は頷く。
「…………なんで、君は僕を探しに来たの」
山を下りながら、ややあって覚醒者は魔術師の男に問いかけた。転生者は静かに付いて歩いている。
「僕の事、好きじゃないでしょ?」
やはり、覚醒者も魔術師の男の認識阻害の魔術式は効いていなかったらしい。覚醒者の方に僅かに視線を向けた後、魔術師の男は答えた。
「『私の婚約者』の為です」
「へぇ、なるほど」
魔術師の男の端的な返答に、納得したように相槌を打つ。後ろで転生者が少し顔をしかめた。
「……貴方が彼女を如何思って居られるかは存じ上げませぬが、」
魔術師の男は普段通りの顔のまま、覚醒者の方も見ずに言う。
「制度上、譲るわけにも行きませんので。残念でしたね」
「ん、別にいいよ。僕は、あの子と友達になりたかっただけだから。あの子の事、幸せにしてあげてね」