薬術の魔女の結婚事情
帰還。
その3が居なくなった夜、その同室の男子学生の姿もなくなったと、魔術アカデミー内では騒ぎになっていた。
「まさか、行方不明者が出てしまうとは」
と、寮母の人達や教師達は青ざめており、アカデミーの寮内には見回りの軍人達が数名あてがわれた。
「……見つかりますように」
薬術の魔女はぎゅっと目を瞑り、布団の中で無事を祈っていた。
「(……でも、あの人なら確実に見つけてくれそうなんだよね)」
なんとなく、彼がくれた札を魔力が触れないようにそっと手に取り、見つめる。夕方に魔術師の男へ頼んだ際、『軍人等に頼む方が正当では』と、遠回しに断られてしまった。
まさか断られるとは思っておらず、薬術の魔女は驚いた。だが、相手は魔術師の男にとってはただの赤の他人だし、軍人などに頼むのが当たり前なのだ。
「(やっぱり、ちょっと頼りすぎてた)」
そこは反省しようと思う。
「(ああいってたけど。なんだかんだいいながら、みつけてくれそうなんだよね……)」
そっと、しわにならないよう札を枕の下にしまい、薬術の魔女は、ころ、と寝返りを打った。
理由はなんとなく、そんな気がしただけだ。
見つけてくれたらいいな、と思っている間に、いつのまにか薬術の魔女は眠っていた。
×
それから。
朝方にその3と、彼を探しに勝手に外に出たらしい男子学生……その1が戻って来たと、魔術アカデミー内は少々騒がしくなっていた。確か、どこかの宮廷魔術師に偶然保護をされたらしいとか。
朝方、どこか懐かしい気配がしていたし、保護された二人から嗅いだことのある芳しい香りが僅かにしていたので、誰に保護されたのか予想できてしまった。薬術の魔女にああ言った手前、どうせ聞いても彼はしらばっくれて答えてくれないだろうと察する。
「(やっぱり、見つけてきてくれたんだ)」
そう、薬術の魔女は一人安堵した。
やっぱり、ちゃんと探してくれる人だったと、嬉しくなる。
「(あの人のこと、ちゃんと信じてよかった)」
小さく、ひっそりと息を吐いた。
「へぇ。見つかったんだ、良かったじゃん」
と、友人Bは薬術の魔女を見る。薬術の魔女がその男子学生が居なくなったことを、食事があまり喉を通らないほどに気にしていたのを友人達は知っていた。なので、そういう方面でも本心から喜んでいる。
「……うん。よかった」
心底安心した様子で、薬術の魔女は溜息を吐いた。
「珍しいわね。あなたがそんなに気にかけるなんて」
と、友人Aは薬術の魔女の背中を撫でながら問いかける。他人の怪我や事故、行方不明などに表情を曇らせることはあるが、食事も喉を通らないほどというのは本当に珍しい、と友人たちは思っていた。
「うん。……だって、友達だもん」
「それもそうね」
興味の薄い他者に対しても気を配る彼女が、よく知っている人に対してはより心を砕くのを友人達は知っている。なので、相当精神に来ていたのだろうと思った。
×
二人が戻った後、しばらく二人は寮母の人や教師達、ついでに軍人の人に怒られ、叱られ、注意されていた。
その後は色々な魔術アカデミー生達から質問攻めに遭っていたらしく、現在も人に囲まれている。
それに構わず、薬術の魔女は学芸祭前と同様に夢見草の花についての研究を行うことにした。
いつものように薬術の魔女は、研究を行うために魔術師の男に屋敷に訪れる。
初めは家主である魔術師の男が居ない間に、勝手に屋敷へ入り浸ることに気後れしていた。だが、冬休みに本を読みに出入りしていた事を思い出し、魔術師の男が仕事で不在だろうが平日でも遠慮なく屋敷に入るようになった。
彼が屋敷に居るタイミングだと彼自身が出迎えてくれるし、そうでないときでも彼の式神が出迎えてくれるのだ。
また、気が付けば邪魔でない場所に飲み物が用意されている事もあるので、魔術師の男も気にしていないのだろうと薬術の魔女は思っている。
「(だけど、最近顔を合わせないんだよね……?)」
実験を行いながら、薬術の魔女は首を傾げた。
先日の虚霊祭が終わった後から、屋敷内に気配をがあっても彼は全然部屋から出てこないのだ。
それは休日だって同じことだ。薬術の魔女の分の食事はいつのまにか用意されているが、当人は全く姿を現さない。
「……なにか、お仕事が忙しいのかな?」
宮廷魔術師だもんね、と呟きながら薬術の魔女は用意されたお茶を飲んだ。