薬術の魔女の結婚事情
儀式準備
後日、転生者と覚醒者の元へ手紙が届けられた。
「……『儀式の用意が出来ました。外出許可と準備を済ませ、終わり次第、此の手紙を持ち指定座標に向かいなさい』だってよ」
「あと、『許可が中々下りないならば同封した紙を見せろ』って書いてるね」
無論、数日前に行方不明になった二人には、魔術師の男の予想通りに中々外出許可が下りなかった。なので、同封してあった紙を見せたところ、実にあっさりと許可されたのだ。
『どうやってその紙を手に入れた』と質問をされたが、「急ぎの用事なので」と誤魔化し、指定座標まで向かう。座標については親切に周囲に見えるであろうものや地図も描いてあったので迷う事はなさそうだ。
「何気に親切だよねあの人」
かなり準備が良すぎるそれに、その3は少し呆れのような畏れのような笑いを零す。
「……そうらしいな」
それに対し表情を険しくしたままで、その1が返した。
小走りで移動しながら、二人は目的地に向かう。
そして。指定座標に着いた瞬間、二人は隠されていた魔術陣を踏んだ。
×
「……何処だ、ここ」
「というか、説明なしでいきなり飛ばされるとか随分と不親切じゃないかな」
周囲を見回すと、拓けた森の中だった。周囲は茂る木々に囲まれているのに、二人の踏んでいる地面は整備された土地のように平され、固い。
「しかし、やっぱりアイツ性格悪いよな」
顔をしかめ、転生者が悪態を吐くと
「それに、気持ち悪い。さっきの魔術陣、丁度綺麗に僕達の足が踏んだ場所に中心が来るように置かれてた」
覚醒者も眉をひそめながら呟いた。
「其れは、貴方方が私の想定通りに動いた為で御座いましょう。想定通りに動いた貴方方が悪いのですよ」
言いつつ、二人を招いた男が現れる。
「性格が悪くて大変申し訳ない。何分、私は其の様な気質なもので」
と微笑みながら、魔術師の男は二人に言った。わざわざそう返すところにも性格の悪さが現れてる、とその1とその3は顔をしかめる。
「文句を言うならば貴方の魂の封じ込めの儀式等、しなくても宜しいのですよ」
魔術師の男は普段と違い、魔術師のローブと似ているが全く別の格好をしていた。
ローブのような形状だが、襟が丈夫そうで裾が長い。それを何枚か重ねて着ているようで、背面の一部は地面に引きずるほどに長かった。
「『着物』か、それ」
その恰好を見、転生者は呟く。袖が広い様子や腰元を帯状の物で留めているらしい箇所、裁断数の少ない布の様子などから、そのように思えた。どちらかと言えば、その1の知識で言えば陰陽師系の服装で見かける、いわゆる水干のようなものを纏っていたから、より着物のようだと思ったのだ。
「なに、『キモノ』って」
その呟きを拾い覚醒者が問いかけるが、
「……いや、少し形が違うような」
と、転生者は首をひねった。そういう方面に詳しいわけでもないので、とかくいうつもりは無いらしい。
「…………此れは、此の土地で最も強い効力を発揮致す儀式用の特別な衣装で御座います。貴方の記憶にある世界にも斯様な衣類が存在していた御様子ですね」
答えながら、魔術師の男は覚醒者の方に視線を向けた。
「儀式を始める前に、先ずは衣類を脱ぎなさい。身に付けている物を全て外し、禊を行うのです。身体の補強を行う補助具も含みます。例外は在りませぬ」
そして、木枠とそこから垂らした布に囲まれた、一つの空間を手で指し示す。布は真っ白に漂白されており何も描かれていない。
「禊は其処で行います。手順は今から貴方の頭に刻み込みます故、心配は無用」
「え、ちょっと待って」
言う間に、魔術師の男は左手の手袋をするりと外した。そのまま着けていない手で覚醒者の額に触れ、何かを小さく呟く。それと同時に一瞬、魔術師の男の指先と覚醒者の額の辺りが光った。
「刻みました。準備ができ次第、禊をしなさい。其の合間に私は儀式の場を整えておきます」
再度手袋を手に付けつつ言い捨て、踵を返し魔術師の男はその場から離れる。なんだか忙しそうな印象を抱いた。
「……俺はどうしたらいいんだ?」
転生者が小さく零すと、
「貴方は最後に聖剣を彼に付ける以外に用はありませぬ。其処の隅にでも居なさい。儀式の邪魔だけはしないように」
と、魔術師の男に、雑に返される。本当に聖剣以外に用事はないらしい。
「…………分かった」
とりあえず、おとなしく指示に従い、指し示された端っこに座る。
×
その3の禊が終わると、
「此の衣服を着なさい」
と、魔術師の男が来ているものと似ている、不思議な形状の白い衣装を着せられた。
「而。腕輪は一旦、私が預かります」
そう言い、魔術師の男に着ていたものと身に付けていたものを取り上げられる。
「あ、」
「では、儀式を始めますよ」