薬術の魔女の結婚事情
結び付き
「――を、是を以て封じる」
低く、唄うように魔術師の男は言葉を紡ぎ、締めた。
「さ、出番ですよ。『勇者』殿」
転生者は魔術師の男に手招きされる。
「ようやくか」
立ち上がり、転生者はどこからともなく『聖剣』をすらりと取り出した。
朝日のように透き通ったその剣は、以前よりも輝きを増しているようだ。
「取り敢えず伺いますが。その『聖剣を他人に使う』事は貴方が『勇者で無くなる』事と同義ですが其れでも宜しいのですか」
確認するように、魔術師の男は静かな声で転生者を見下ろす。『勇者殿』は二年前と違い、大分背が伸びていた。そして、剣と同様の朝日のような輝く目を持っている。その目はきっと、正しい姿に戻った証拠なのだろう。
「理解はしてる。そんで、その上で『構わない』って言ってんだ」
「然様ですか」
問いかければ転生者は真っ直ぐに魔術師の男を見つめ返し、言い切った。そこで転生者は後悔はしなさそうだと理解する。後でぐちぐちと文句を言われても面倒だと思ったから訊き返しただけだ。
「其れで。何方の腕へ付けますか」
転生者が側に着いたのを確認し、魔術師の男は覚醒者に問うた。そういえば、覚醒者もそれなりに身長が伸びていたらしいと気付く。
「利き腕の方でいいよ」
そう答え、覚醒者は実にあっさりと右腕を差し出した。
「……然様ですか。だそうですよ、『勇者』殿」
魔術師の男は転生者に視線を向ける。
「ん? 何か問題でもあるのか?」
不思議そうなその様子に、詳しい意味を知らないらしいとすぐに悟った。だが、その3がやや険しい視線を向けたので言及はしないことにした。そもそも、知識の有無は些末なことであり、知ることで逆に面倒になっても困るかと思ったので放置する。
「いいえ。……まあ、魔力の出力との関係に随分と根深い場所なので少々不自由致しますよ」
と、とりあえず当たり障りのないことを言っていた。後で文句を言われるのも面倒だからだ。
「……いいのか?」
「いいの。僕はこれで良いって思ったんだから」
『少々不自由する』との言葉に転生者は心配そうに覚醒者の方へ顔を向けるが、覚醒者は納得している様子だった。
「まあ、考えは個々の自由ですし。では、其の『聖剣』とやらを彼に着けてやりなさい」
とにかく双方が同意しているならばどうでも良い、と魔術師の男は腕輪を付けるように促す。
「分かった」
転生者は素直に、短く頷いた。そして覚醒者の差し出した腕に聖剣の腹を充て、腕輪に変形させる。
「着けたぞ」
程よい細さの、朝日のように透き通った輝きを放つ腕輪が覚醒者の腕に嵌まった。剣の刃だった箇所は丸くなり、覚醒者の肌を傷付けないように工夫したらしい。
「……では。是で本当に、封じ込めの儀式は終いです。お疲れ様でした」
それを見届け、儀式の締めの動作をした後に魔術師の男は儀式の終了を告げる。
×
「後始末は全て私が行います故、貴方方は其の儘、御帰り下さいまし」
覚醒者が儀式用の服から普段着に着替えたところで、魔術師の男は二人に云った。なぜか彼は周囲に視線を向けている。告げるときも、二人に視線すら向けずに『用が済んだからさっさと帰れ』と言わんばかりの態度であった。
「……というか、ここって何処だよ」
転生者は片付けの作業を始めているらしい魔術師の男に問いかける。
「此の場所が何処でも如何でも宜しいでは有りませぬか」
と、面倒そうに答え、魔術師の男は片付けた荷物を式神達に引き渡していた。
「それと、手紙に同封してた紙って何? 君の手紙の通りにあっさりと色々できたけれど、様子がおかしかったし」
転生者に同調するよう覚醒者も不満の声を漏らす。転生者も覚醒者も『きちんと答えてもらわないと納得しない』とでも言いた気な様子だった。
「……此処は、呪猫のとある土地で御座いますよ。特殊な場所である他に言い様が在りませぬ」
実に嫌そうに、魔術師の男は低い声で答えた。
「而、手紙に同封していた紙は命令書です」
何の命令書かというと、呪猫の高位貴族による呼び出しの紙だったらしい。
「…………本当に。極力は使いとう無かったのですが、緊急事態で御座いました故」
おまけに、此の場所の使用許可は殆どの者から頂いて居りませぬが些細な事です。と、魔術師の男は微笑む。
「え、」「『些細な事』じゃねーよ?!」
案の定、覚醒者、転生者共に焦った様子で彼に詰め寄るが
「此処迄して於いて一切の干渉が無い成らば許可されたも同然。而、仮に許されて居らずとも、貴方方は赦されるでしょう」
と、答え、詰め寄った二人の額に触れ、術をかける。
『魔術師の男はどうなんだ』と、問う前に、二人は魔術師の男によって元の場所へ強制送還された。