薬術の魔女の結婚事情

頼っても良いんだよ。


「……(さて)。無事逃げ(おお)せ……撤退も出来ましたし。彼等の事も済みましたし」

 (ようや)く暇になる、と魔術師の男は自室で少し伸びをする。

「(……実に、誰かの(ため)にと動くのは面倒だ)」

普段も、国のために仕事をしているのだが。

「(まあ、()れで転生者は『聖剣』を失い、覚醒者も覚醒することは無くなりましたね)」

 転生者が死に聖剣が砕ければ話は変わりますが、と魔術師の男は呟いた。これで、不用意に転生者と覚醒者の監視を重要にする必要がなくなった……はずだ。転移者には直々の監視員が世話役の名目で就いたし、『薬術の魔女』の監視にだけ集中すれば良い。

(しか)し。思いの他、良い物が手に入りましたね」

 呟き、どさくさに紛れて入手した覚醒者の所持していた腕輪を懐から取り出す。

「『魂封じの腕輪』……ですか」

 くすんだ金色の、古い文字の意匠が特徴的な腕輪である。かなり古い文献にその所在が記されていた実在する強力な封魔の腕輪。実際のところ、使用者によっては魂の開放を行うこともできるらしいので結局は使用者の意思や色々に左右される品物だ。

「……ふふ」

 それを見、魔術師の男は小さく笑いを零す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。
 まあ、本当は珍しいものなので分析を行い仕組みを解き明かし、用が済んだところで『そういえばこんなものを預かっていました』と忘れた風を装って返すつもりではあった。だが、覚醒者に渡った経緯を思い出すと、腕輪本来の価値が些細に思えるほどに、返す気が失せる。
 しかし。しばらくすれば、どうせ返さねばならない。どうしようか、と、次は返って冷静に思考する。

「……」

 解析もかねてしばらく所持する方が良い、と直感が告げた。

×

 少しして、屋敷内に小さめの気配が現れたのを感じる。どうやら、薬術の魔女が本を読むか実験をするために屋敷へと訪れたらしい。
 出迎えには式神を向かわせた。少し前まで時間が合えば自ら出迎えに行っていたのだが、儀式準備でそれが出来ていなかったのだ。……今日は儀式や後始末で疲れていたし、どうせ気にしないのだろうと目を閉じた。
 最近は何やら夢見草の花を大量に運び込むので、研究の対象を夢見草の花にしたのだと予想する。実際、監視用の式神が伝える情報もそれに準じたものだった。

「(嗚呼、頭が焼き切れそうだ)」

 椅子の背もたれに寄りかかり、魔術師の男は深く息を吐く。
 転生者と覚醒者の二人には『儀式中には何も無かった』と言ったが、それは虚言だった。
 当然のように、儀式の最中にも複数の呪猫の分家から邪魔が入っていたのだ。本家は恐らく様子見をしていた。

「(……(いく)ら私を嫌っていても、儀式の邪魔立て(など)、御法度でしょうに)」

 儀式の進行と、結界を張ること。そして、儀式の妨害の排除。
 儀式の進行は片手間にでき、結界を張るのは式神と札でどうにか補った。最も面倒だったのが儀式の妨害を排除することだ。儀式の妨害を行った家は、方角から大まかな予想は立てている。
 儀式の終盤で急に妨害が減ったのは、

「(…………気の所為(せい)でしょうね)」

と、思ってみたものの、そんなはずはない。
 助けられたのだ。呪猫の本家から。
 恐らく儀式を中断させるよりも終わらせた方が懸命だと判断されたからだろう。

「(まさか、助けられるとは)」

そう、疲れのせいか鈍く痛む頭で思う。
 最近はよく疲れる事が多い、と溜息を吐いた所でふと時計が目に入る。

「(……そうでした。昼食を、用意しなければ)」

彼女のために。
 下拵えをして、調理をして、食事を与えなければ。
 彼女は妙に偏った食事を摂るので、この屋敷に居る時くらいはまともな食事を食べさせた方が良いだろう、と思ってのことだった。

「(……(しか)し、眠い)」

 少しだけならば、休んでも良いだろうか、と、ゆっくりと、目を閉じる。

×

「ふんふふーん、お、そろそろお昼ごはんの時間だ」

 ふと時計に目を向けると、屋敷の調理場で式神達が動く頃だった。
 だが、

「あれ、音がしない?」

 なんとなく静かだった。
 そっと調理場に向かうと、

「ん、何も動いてない」

何の準備もされていないようだった。珍しいな、と思いながら薬術の魔女は調理場に立ち入る。

「……そうだ、」

×

 控えめに、部屋の扉を叩く音がした。

「っ、」

目を開き、魔術師の男は起き上がる。

「(……抜かった。寝過ごしてしまうとは)」

急いで時計を見る。昼食を作り終えているはずの時間だった。

「ねー、だいじょぶー?」

 戸の向こうから、薬術の魔女の声がする。恐らく、普段は用意されているはずの食事が無かった事の催促か何かだろう。

「……大丈夫です。嗚呼、食事の用意が遅れてしまいましたね」

 今から用意します、と魔術師の男が戸を開くと

「ん。ごはんなら用意しなくて大丈夫だよ。わたしが作っといたから」

と、エプロンを着けた薬術の魔女が、満面の笑みで立っていた。
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