薬術の魔女の結婚事情
いつもとちがう
翌朝。
「わー、みてみて! プレゼントあったー!」
と、祝福のプレゼントが枕元に有ったと薬術の魔女は魔術師の男に嬉しそうに報告する。そのおかげで推測は確信へと変わった。
「然様でしたか……貴女は『良い子』ですからねぇ」
返しながら、魔術師の男は朝の支度をしていた。ちら、と視線だけ薬術の魔女に向けると
「中身はー、お。本とぬいぐるみだ。おっきいねこのぬいぐるみー」
楽しそうな様子でプレゼントを開けているようだ。
「って、この本、廃版になっててすっごい高いやつだ?!」
「良い物が貰えましたか」
本を掲げて驚く、薬術の魔女に問うと
「うん! いつもとなんか違う気がするけど、それでもうれしい!」
そう魔術師の男に言葉を返した。
「……あ、そっか。来年から成人になるから貰えないんだった」
だから、いつもと違ったのかな、と口を尖らせ薬術の魔女が寂しそうに呟く。
「……さぁ。如何なのでしょうね」
魔術師の男は薄く微笑んだ。
×
それから数日、薬術の魔女は魔術師の男の屋敷で実験を行ったり地下の書庫で本を読んだりして過ごしていた。
屋敷の持ち主である魔術師の男は、祝福の日以降はまだ日も登らぬような早朝に屋敷を出、日付が変わる頃に帰宅する。なので、ほとんど顔を合わせなかった。
今日は年越しの儀のある日だった。要するに、年が切り替わる日だ。
「……」
玄関の扉に手を掛けた時、魔術師の男はなんとなく薬術の魔女の顔でも見ておこうかと、足を止めて振り返る。と、
「ぁれ、もうおしごと?」
「っ!」
寝巻きのままで、薬術の魔女が廊下に立っていた。
祝福でもらったらしい猫のぬいぐるみを抱き抱え、眠そうな顔でいる。
「……えぇ。今から、仕事です。今日は大晦日ですからね」
「ん、まにあってよかった。いってらっしゃい」
「…………行って参ります」
まさか薬術の魔女が起きているとは思わず、魔術師の男は動揺してしまった。それに、今の発言を考えると、彼の出勤時間に起きようとしてくれたようだ。
彼女は動揺には気付かず、眠そうな様子で彼が出るのを待っていた。
魔術師の男は扉から屋敷を出る。扉が閉まる前にふと振り返ると、薬術の魔女は小さく手を振っていた。
×
年越しの儀のある日は早朝に準備を行い、昼ごろまで普段通りの仕事を行う。
昼の終わり頃になると式典が始まり、王や他の貴族によるありがたい言葉を聞くのだ。(魔術師の男自身は、この時間が最も無駄な時間だと思っている。)それが終わると貴族達は簡易的な宴を開くが、宮廷魔術師や聖職者達は禊ぎを始める。
そして、全員の禊ぎが終わるとようやく年越しの儀が始まるのだ。
魔術師の男は、今回の年越しの儀はあまり集中出来ていなかった。
「(……早う、帰りとう御座いますね)」
ずっと、なんとなくそう漠然とした思考が過る。
儀式の役割、重大さ、色々を理解している上で、薬術の魔女のいる屋敷にいる事の方が自身にとって重要だと判断してしまったのだ。
「(…………何とも、奇妙な事だ)」
今まではどこにいても同じだと思っていたのに。
ただ彼女がいるだけで、そちらに価値があるように思える。
あまり集中出来ていなかったが、周囲に悟られる事もなく魔術師の男は年越しの儀式を終わらせた。
×
「あ、おかえり!」
着替えるために一度屋敷に戻ると、やはり薬術の魔女が待っていた。日付が変わった頃なので寝巻きを纏っている。近くに猫のぬいぐるみがあったので、それが相当気に入ったのだろうか、と思う。
何やら食事を作っていたようで、食べ物のにおいがした。
「きみは、今からパーティに行くんだよね?」
薬術の魔女は首を傾げる。
「えぇ。そうですね」
何を作っていたのか気になったが、恐らく既に無いだろうと思い訊かなかった。
「そっかー」
少し残念そうな様子で、薬術の魔女は口を尖らせる。
「……ちょっとだけ、ごはん残ってるんだけど食べないよね」
「頂きましょうか」
やや食い気味で答えてしまった。
「え、大丈夫? パーティのごちそうとか入らなくなるよ?」
「向こうの食事等食い飽きておりますし、然程美味くも有りませぬ」
上着を脱ぎ、魔術師の男は答える。多少の時間の余裕はあるとはいえ、ゆっくりもしていられないからだ。
「……そうなの?」
「えぇ。然し、一口だけにしておきましょうかね」
脱いだそれを式神が受け取り、宴でも着られるローブを別の式神が差し出した。普段は中身も着替えるが、今回は簡易的に上だけ着替えることにしたのだ。
「んー、じゃあこれとかどう?」
と、差し出されたのは一口大の穀物を捏ねたものだった。これは年越しの時に食べると良いとされるものだ。
「餅ですか。良いですね」
ローブに腕を通しながら魔術師の男は頷いた。
「では、食べさせて下さいまし。手が使えませんので」
「ん、はい」
魔術師の男が着替えているのを思い出し、薬術の魔女はその口元に餅を届けようと腕を伸ばして少し背伸びをする。それをやや上体を曲げた魔術師の男は口に入れた。
「……ふふ」
咀嚼し嚥下した後、魔術師の男は小さく笑う。
「え、なに?」
「いえ。薬草の風味が貴女らしいと」
「……別にいいでしょ。薬草おいしいんだから」
「然様ですか」
拗ねて口を尖らせる薬術の魔女を目を細めて見る。美味しいかはともかく、何も混ぜていないものよりも良い風味がしたのは確かだった。
着替えを終え、魔術師の男は再び城に戻る準備をする。
用意した魔法陣の前に着くと、
「暫く、儀式の片付けで忙しいので戻れないと思います。なので私が戻らなくともお気になさらず」
付いてきた薬術の魔女に告げる。
「…………いつ帰ってくる?」
不安そうなその顔を見て、
「……1週間程過ぎた頃、でしょうか」
そう、思わず答えてしまった。2週間ほど戻らない予定だったのだが。
「わかった。去年みたいに2週間会えなかったらどうしようって思ってたんだ」
その時の、嬉しそうな彼女の様子に『それでもいいか』と思ったのだった。
戻る戻らないの話は実際の所、個人的な心境の問題だったからだ。