薬術の魔女の結婚事情

春に呑まれる


 春雷の儀に参加するにあたって、魔術師の男は転生者と覚醒者、転移者の式神を外す。
 しかし、薬術の魔女の監視は外せなかった。なんとなくで、儀式が始まる直前まで、赦される限り彼女の声を聞いていたかったのだ。
 朦朧(もうろう)とする意識の中で、贈った衣服類はどうやら気に入ってくれたようだと知り、彼は知らずに安堵を覚える。

「(本当はその姿を直接見たかったのだが)」

儀式があるので叶わなかった。それだけが心残りだった。

 普段の通りに儀式前の薬の投与と瞑想を行い、宮廷魔術師達は儀式の場へ向かう。

×

「其れでは、『春来の儀』を始める」

 毎年のように、儀式を唯見守るだけの飾りの高僧が、部屋の外から儀式の開始を音頭する。
 低い鐘の音が鳴り周囲に染み入り、結界が生成された。
 内部に残された宮廷魔術師達は最後の薬を飲み込んだ。

 儀式が、始まる。

×

 宮廷魔術師達は乾燥してひりつく喉に構う暇もなく文言を唱え続け、やがて『春の神』が部屋の中心に現れる。

《.ορόπτ(よくも) άορφ(毎回、) εμ() αλίεςκ(儀に私) εμ() οόιμμν(呼ぶの) εάθk(ね。)

 『春の神』。
 それは全身から腐敗したかのような甘ったるい香りを振り撒き、表面が黒く溶けた肉のような何かで構成されていた。
 巨大なそれは、首から上が存在していない。
 四肢が途中で千切れており、身体の至る所に裂傷のような裂け目がある。特に、胸の中心にある裂け目が酷く、肋骨らしき骨が突き出していた。
 そして身体中の裂け目全てから、魔獣のものと同様の、赤く暗い虹彩の眼球が覗いている。

《.άαλισιβ(王との) ιρτκειόαπ(約束を、) υομ ωάνκ(違える) νητ εμ ςάθ(つもり)ολ ήπεσχόσυ(は全く) αν στον νεδ(無いわ。)

 ぼたぼたと裂け目や下半身から黒い液体を落としながら『春の神(それ)』は()()()()()()

 聞くだけで怖気がするそれは、人間では聞き取れない音で語りかける。
 直後、高僧達の補助の呪文が聞こえ始めた。

《.απησέχθοκυ(契約の通り) υοσ υομ αν(お前達へ私の)έ ςέρομ(一部を) ωαίενσδ(貸し与え) ςπωό αθ(ましょう。)

 『春の神』は目の前の生贄達に先の無い腕を伸ばす。
 誰にも見えていないのに、魔術師の男には見える光景だ。見ないように目を閉じても魔眼がそれを許さない。

《.ώααακρλπ(では、いただき) ,νοπιόλ(ましょうか。)

 その言葉と共に、結界内の宮廷魔術師達から魔力が吸い上げられる。ずるずると無理矢理に体内から魔力が引き摺り出される感覚は激しい嫌悪感を抱かせた。

 それでも、動ける者は口を動かし、文言を唱え続ける。でないと、夏の温度が足りず冷夏になってしまう。

《.ςντκ ίνπ (まだ少し) οοαη (物足) ιοα ακό(りないの)μα οίγλ ιί(だけれど、)μαe (この),όρεκτα(くらい) ινέρτωι(にして) αμα όυτα (おいて) να εί(あげ) ναι άλλα(ましょう)

そう発し、それは裂けた胸の中から白く輝く宝珠を生み出した。
 つまり、儀式は終わった。



 その筈だった。

《.όαιακληπ(これは)ττκκ ιί(驚い)ναε όυτα(たわ)

 『春の神』は魔術師の男に意識を向けた。

《;«ήωνφ υοπ(そこの) εκυογά τηίαιδ(あなたは)π» ορεηγύομονπ (「声を聞いた) οτ ιίσαε(子供」ね?)

直後、向けられた力に耐え切れず、体内の血管が裂けたような激痛が襲う。

《.ήτγιμσ νητ η(ちょうど)αητάλλλκ ς(良かった)κβιρώα()

《.ςονρμσα(この役割に)έυοκ ό(飽きて)πα νυτόα(たところ) νοτ οόλρ(だったの。)

《.αλρυθε(だから、)είε ωέλθ(自由が),ίιατγ α(欲しい。)ν》

《.υοσ εμ (あなた)οτ ωρή()σο μοπιιη(身体を)σχ αν α(貰う)ώμσ εσά(わね。)

 なかった筈のそれの手が、魔術師の男の後ろから突き出し、目を塞ぐ。

 焼けるような痛みと熱と共に、視界が真っ黒に塗りつぶされる。
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