薬術の魔女の結婚事情
共同飲食
※飲酒描写があります。
薬術の魔女は、魔術師の男に招かれて部屋に入る。
「おじゃまします」
「……どうぞ、此方です」
と、部屋の奥の戸を開ける。
「わぁ、きれい」
眼前に広がる幻想的な光景に、薬術の魔女は溜息を零す。
まず目に入ったのは、はらはらとそよ風に舞う花弁と、枝いっぱいに咲き誇る満開の花だ。戸を開けたおかげか、甘く爽やかな香花の木の香りが部屋に舞い込む。
「是が、見頃となった香花の木で御座います。……見事でしょう?」
「うん。すごい」
彼の屋敷でも、同じようなものが観られるのかと思うと、更にわくわくしてきたのだ。今年は観られなかったから来年かな、などと思いながら、満開の香花の木を見上げた。
「そしてあの木は、此の地『呪猫』の守護神の化身とも云われる特別な木でして」
「へぇー」
感心する薬術の魔女に薄く微笑み、
「……言い忘れておりました」
魔術師の男は呟く。
「なに?」
「香花の木は夏に実を結びますので、此れから共に集めてくださいませぬか」
薬術の魔女が聞き返すと、彼はそう提案をした。
「ん、いいよ!」
どんな実を結ぶのだろう、と楽しみになる。
承諾すると、魔術師の男はさも嬉しそうに目を細めて口元を綻ばせた。思わぬ表情に、少し見惚れてしまう。
「……座って観ましょうか」
「うん」
彼からの提案で、二人はその場に座った。現在薬術の魔女が身に付けている呪猫特有の衣類は、少し動き難いので、自然と足が揃ってしまう。魔術師の男も同じように足を揃えて座っているので、それがこの服での正しい動作なのだろうか、と、なんとなく思った。
「……貴女を、名で呼んでも構いませんでしょうか」
薬術の魔女がとこに座ったのを確認したのち、魔術師の男は遠慮がちに問う。
「今更?」
「嫌でしたか」
不安そうに問いかける彼に、薬術の魔女は微笑んだ。その様子が、なんだか可愛らしいと思ったのだ。
「ううん、呼んでもいいよ」
「……」
「ん、呼び捨てで良いよ。夫婦になるんだから」
それから魔術師の男は薬術の魔女の名を呼んだ。なんだか、胸の奥が暖かくなる。
名を呼ばれた衝撃が、身体を駆け巡る。
「なぁに」
なんだか、顔が熱くなった。
「私の名は呼んで下さらぬので?」
「え……と」
「呼び捨てで結構。妹兄に成るのですから、対等に。遠慮は不要です」
「いもせ?」
「夫婦です」
「ふ、夫婦……かぁ」
不思議と恥ずかしさがある。しばらくもにょもにょしていたが、彼は根気強く待ってくれた。
「……」
そして。恥ずかしがりながらも、薬術の魔女は魔術師の男の名を呼んだ。
「はい」
彼が嬉しそうに微笑んだ。
「なんか、すっごい恥ずかしい」
「ふ。ようやっと、婚約者らしく成れた気が致します」
「……もうすぐ成人しちゃうけどね」
そうすれば、薬術の魔女は別の名前になってしまう。だから、この名を呼ぶ機会はなくなってしまうはずだ。
「成人しても、変わらず貴女の其の名を呼んで差し上げますとも」
「ふぅん?」
薬術の魔女は首を傾げるも、魔術師の男は曖昧に微笑むだけだった。
「……此の、香花の木の実には毒が有るので、すぐに食するのは難しいのですが」
「そうなの?」
「ええ。ですが、砂糖や酒に漬けたり塩に漬け干したりしたもの等、様々な加工法は有ります。色々なものへと生まれ変わるのです」
「へぇ。毒だったら、わたしもちょっと興味ある」
「沢山有るので何度か、而、毎年実を結ぶので繰り返し集める必要があるのですが良いですか」
興味を示した薬術の魔女に、魔術師の男は問いかける。
「うん、わかった。何度でも、一緒に集めてあげるよ」
「然様で御座いますか。……では、末永く宜しく御願い致します」
頷くと、魔術師の男は薬術の魔女の方へ身体の向きを変え、指先を綺麗に揃えて深々と頭を下げた。
「嬉しいです……迚も」
上げた彼の顔は、今まで見た中で最も美しく、それでいて怖気がするような表情だった。
「……では。折角ですので、良いものを頂きましょうか」
戸惑う薬術の魔女に薄く微笑むと、魔術師の男は長い肢の注ぎ口付きの入れ物と、三つ重なった平たい器を取り出した。
「それなに?」
「盃と、銚子で御座います。まあ、要は酒を淹れる器と注ぐ入れ物です」
その盃は三つとも大きさが違い、一番上のものが小さく下にいくに連れて大きくなっていた。
「貴女は、酒は飲めますか」
薬術の魔女がそれらに気を取られている合間に、魔術師の男は式神を作り小さな盃を手に取る。そして、銚子を持った式神に三度に分けて盃に注がせた。
「うん。ちょっとふわふわするくらいで普通くらいは飲める……と思う」
薬術の魔女は15歳になる秋の事を思い出しながら答える。確か、結婚が可能となると共に飲酒も可能になる事を示す『お披露目会』で少し飲んだくらいだったはずだ。
「然様ですか」
その返答に目を細めた魔術師の男は、盃の中身を三口に分けて飲む。
「どうぞ。是を」
飲んだ器に再びその中身を注ぎ、薬術の魔女に差し出した。
「これ、なに?」
「香花の、花の酒で御座います。良い香りがするでしょう?」
「うん」
「是非、飲んで下さいまし」
「変な飲み方してたけど、何か意味あるの?」
「嗚呼そうですね。一口目で風味を、二口目で味を楽しむのです。三口目はまあ、お好きに」
同じ器で飲むのか、と思いながらも、そっと口を付ける。
「ん、おいひぃ」
ふわっと、香りが鼻に抜けた。酒の風味と花の香りが芳しく、なんとなく気持ちが高揚する。
「扨。他にもう2種有ります故、失礼致します」
「あ」
薬術の魔女が三度口を付けた盃を取り上げ、最初と同じ飲み方でそれを飲み干した。
「此方です」
それは、中くらいの大きさの器に注がれた。今度は魔術師の男は口を付けずに、先に飲むよう促した。
一口飲み、香りを感じる。先程のものより甘い香りが強いような気がした。
「ん、あまい」
「そうでしょう。是は、花の蜜で造られたものです」
三口目を口にした後、
「少し味見を、」
と魔術師の男がそれを取り上げる。そして三口飲み、
「……矢張り、甘いですねぇ」
小さく呟く。
「おいしかったよ」
首を傾げて薬術の魔女が告げると、
「では、此方は貴女が飲みますか」
問いかけながら魔術師の男は器を差し出した。
「え、いいの?」
酒のおかげか、なんとなく身体が温かく頭がぼんやりする。
「ええ。同じようにして飲み干して下さいまし」
「うん」
高揚するこの状態は心地よく、気分が良くなって笑顔になってしまう。
薬術の魔女が飲み干したのを確認し、魔術師の男は大きな器を取り出した。
「此方は、やや癖のある味をしております」
「……そなの?」
中身を三口飲んだ後、薬術の魔女に盃を差し出した。
「如何ですか」
「ん、なんか苦い……?」
口を付けると、花とお香のような匂いがした。
「然様ですか。是は種を使った酒なのですよ」
「へぇー」
種を使う事ってあるんだなぁ、とぼやけた思考で頷いた。なんとなく、身体がぽかぽかして眠くなってきたのだ。
「種にも毒が有るのですが……貴女は、毒は平気でしたよね」
「んー……そーだ、ね」
三口目を飲み、薬術の魔女は完全に目を閉じてしまった。
「……おや。眠ってしまわれたか」
ぽす、と肩に寄りかかった彼女を見下ろし、魔術師の男は呟く。
そして三口で最後の酒を飲み干してから薬術の魔女を抱き抱え、敷いていた布団に寝かせた。
--
※後書き
ついでに同衾(ただ寝るだけ)。
3回飲むのを3回繰り返すってまさか……
因みにこの世界での飲酒法についての話。
貴族にはデビュタントらしき儀式があり、それの関係上、婚姻可能となる15歳になると飲めるようになります。
(婚姻可能となるとはいえ、未成年に手を出すのは憚れるという)
薬術の魔女は、魔術師の男に招かれて部屋に入る。
「おじゃまします」
「……どうぞ、此方です」
と、部屋の奥の戸を開ける。
「わぁ、きれい」
眼前に広がる幻想的な光景に、薬術の魔女は溜息を零す。
まず目に入ったのは、はらはらとそよ風に舞う花弁と、枝いっぱいに咲き誇る満開の花だ。戸を開けたおかげか、甘く爽やかな香花の木の香りが部屋に舞い込む。
「是が、見頃となった香花の木で御座います。……見事でしょう?」
「うん。すごい」
彼の屋敷でも、同じようなものが観られるのかと思うと、更にわくわくしてきたのだ。今年は観られなかったから来年かな、などと思いながら、満開の香花の木を見上げた。
「そしてあの木は、此の地『呪猫』の守護神の化身とも云われる特別な木でして」
「へぇー」
感心する薬術の魔女に薄く微笑み、
「……言い忘れておりました」
魔術師の男は呟く。
「なに?」
「香花の木は夏に実を結びますので、此れから共に集めてくださいませぬか」
薬術の魔女が聞き返すと、彼はそう提案をした。
「ん、いいよ!」
どんな実を結ぶのだろう、と楽しみになる。
承諾すると、魔術師の男はさも嬉しそうに目を細めて口元を綻ばせた。思わぬ表情に、少し見惚れてしまう。
「……座って観ましょうか」
「うん」
彼からの提案で、二人はその場に座った。現在薬術の魔女が身に付けている呪猫特有の衣類は、少し動き難いので、自然と足が揃ってしまう。魔術師の男も同じように足を揃えて座っているので、それがこの服での正しい動作なのだろうか、と、なんとなく思った。
「……貴女を、名で呼んでも構いませんでしょうか」
薬術の魔女がとこに座ったのを確認したのち、魔術師の男は遠慮がちに問う。
「今更?」
「嫌でしたか」
不安そうに問いかける彼に、薬術の魔女は微笑んだ。その様子が、なんだか可愛らしいと思ったのだ。
「ううん、呼んでもいいよ」
「……」
「ん、呼び捨てで良いよ。夫婦になるんだから」
それから魔術師の男は薬術の魔女の名を呼んだ。なんだか、胸の奥が暖かくなる。
名を呼ばれた衝撃が、身体を駆け巡る。
「なぁに」
なんだか、顔が熱くなった。
「私の名は呼んで下さらぬので?」
「え……と」
「呼び捨てで結構。妹兄に成るのですから、対等に。遠慮は不要です」
「いもせ?」
「夫婦です」
「ふ、夫婦……かぁ」
不思議と恥ずかしさがある。しばらくもにょもにょしていたが、彼は根気強く待ってくれた。
「……」
そして。恥ずかしがりながらも、薬術の魔女は魔術師の男の名を呼んだ。
「はい」
彼が嬉しそうに微笑んだ。
「なんか、すっごい恥ずかしい」
「ふ。ようやっと、婚約者らしく成れた気が致します」
「……もうすぐ成人しちゃうけどね」
そうすれば、薬術の魔女は別の名前になってしまう。だから、この名を呼ぶ機会はなくなってしまうはずだ。
「成人しても、変わらず貴女の其の名を呼んで差し上げますとも」
「ふぅん?」
薬術の魔女は首を傾げるも、魔術師の男は曖昧に微笑むだけだった。
「……此の、香花の木の実には毒が有るので、すぐに食するのは難しいのですが」
「そうなの?」
「ええ。ですが、砂糖や酒に漬けたり塩に漬け干したりしたもの等、様々な加工法は有ります。色々なものへと生まれ変わるのです」
「へぇ。毒だったら、わたしもちょっと興味ある」
「沢山有るので何度か、而、毎年実を結ぶので繰り返し集める必要があるのですが良いですか」
興味を示した薬術の魔女に、魔術師の男は問いかける。
「うん、わかった。何度でも、一緒に集めてあげるよ」
「然様で御座いますか。……では、末永く宜しく御願い致します」
頷くと、魔術師の男は薬術の魔女の方へ身体の向きを変え、指先を綺麗に揃えて深々と頭を下げた。
「嬉しいです……迚も」
上げた彼の顔は、今まで見た中で最も美しく、それでいて怖気がするような表情だった。
「……では。折角ですので、良いものを頂きましょうか」
戸惑う薬術の魔女に薄く微笑むと、魔術師の男は長い肢の注ぎ口付きの入れ物と、三つ重なった平たい器を取り出した。
「それなに?」
「盃と、銚子で御座います。まあ、要は酒を淹れる器と注ぐ入れ物です」
その盃は三つとも大きさが違い、一番上のものが小さく下にいくに連れて大きくなっていた。
「貴女は、酒は飲めますか」
薬術の魔女がそれらに気を取られている合間に、魔術師の男は式神を作り小さな盃を手に取る。そして、銚子を持った式神に三度に分けて盃に注がせた。
「うん。ちょっとふわふわするくらいで普通くらいは飲める……と思う」
薬術の魔女は15歳になる秋の事を思い出しながら答える。確か、結婚が可能となると共に飲酒も可能になる事を示す『お披露目会』で少し飲んだくらいだったはずだ。
「然様ですか」
その返答に目を細めた魔術師の男は、盃の中身を三口に分けて飲む。
「どうぞ。是を」
飲んだ器に再びその中身を注ぎ、薬術の魔女に差し出した。
「これ、なに?」
「香花の、花の酒で御座います。良い香りがするでしょう?」
「うん」
「是非、飲んで下さいまし」
「変な飲み方してたけど、何か意味あるの?」
「嗚呼そうですね。一口目で風味を、二口目で味を楽しむのです。三口目はまあ、お好きに」
同じ器で飲むのか、と思いながらも、そっと口を付ける。
「ん、おいひぃ」
ふわっと、香りが鼻に抜けた。酒の風味と花の香りが芳しく、なんとなく気持ちが高揚する。
「扨。他にもう2種有ります故、失礼致します」
「あ」
薬術の魔女が三度口を付けた盃を取り上げ、最初と同じ飲み方でそれを飲み干した。
「此方です」
それは、中くらいの大きさの器に注がれた。今度は魔術師の男は口を付けずに、先に飲むよう促した。
一口飲み、香りを感じる。先程のものより甘い香りが強いような気がした。
「ん、あまい」
「そうでしょう。是は、花の蜜で造られたものです」
三口目を口にした後、
「少し味見を、」
と魔術師の男がそれを取り上げる。そして三口飲み、
「……矢張り、甘いですねぇ」
小さく呟く。
「おいしかったよ」
首を傾げて薬術の魔女が告げると、
「では、此方は貴女が飲みますか」
問いかけながら魔術師の男は器を差し出した。
「え、いいの?」
酒のおかげか、なんとなく身体が温かく頭がぼんやりする。
「ええ。同じようにして飲み干して下さいまし」
「うん」
高揚するこの状態は心地よく、気分が良くなって笑顔になってしまう。
薬術の魔女が飲み干したのを確認し、魔術師の男は大きな器を取り出した。
「此方は、やや癖のある味をしております」
「……そなの?」
中身を三口飲んだ後、薬術の魔女に盃を差し出した。
「如何ですか」
「ん、なんか苦い……?」
口を付けると、花とお香のような匂いがした。
「然様ですか。是は種を使った酒なのですよ」
「へぇー」
種を使う事ってあるんだなぁ、とぼやけた思考で頷いた。なんとなく、身体がぽかぽかして眠くなってきたのだ。
「種にも毒が有るのですが……貴女は、毒は平気でしたよね」
「んー……そーだ、ね」
三口目を飲み、薬術の魔女は完全に目を閉じてしまった。
「……おや。眠ってしまわれたか」
ぽす、と肩に寄りかかった彼女を見下ろし、魔術師の男は呟く。
そして三口で最後の酒を飲み干してから薬術の魔女を抱き抱え、敷いていた布団に寝かせた。
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※後書き
ついでに同衾(ただ寝るだけ)。
3回飲むのを3回繰り返すってまさか……
因みにこの世界での飲酒法についての話。
貴族にはデビュタントらしき儀式があり、それの関係上、婚姻可能となる15歳になると飲めるようになります。
(婚姻可能となるとはいえ、未成年に手を出すのは憚れるという)