薬術の魔女の結婚事情
所を顕す宴
翌日。つまり、呪猫に招かれて七日目になった。
「(ちゃんと帰れるのかな)」
と思いながら薬術の魔女は布団から身を起こす。今朝は、魔術師の男は居なかった。それがなんとなく寂しく思える。
「(……やっぱり、一緒にいる方が安心する)」
すっかり温もりのなくなった布団に触れるが、
「……なーんか、身体がぺたぺたする」
昨日の朝もそうだった。
『不快か』と聞かれたら首を傾げる、でもなんだか洗い流したい、そんな感じである。
首を傾げて居る間に、式神に風呂場へ連れて行かれて身体を洗われ、紅い布の服と白い布の服を重ねて着せられた。
「なにこれ?」
着付けをされながら、今までとなんだか違うぞ、と思ったのだ。問いかけても式神は答えてくれず、顔に軽く化粧をされた。
「わ、」
最後に目元に白い布のお面をかけられ、風呂場から引っ張り出される。
×
「準備は出来たか」
式神に連れられた先で、同じく目元を隠した呪猫当主に出迎えられた。墨色の布の面を顔に掛け、同色の上着と薄墨色の服を着ていた。他に身に付けているものは無彩色のものばかりだ。
そのあとに連れられた先の広い空間で、呪猫当主と似た格好をした人達と食事を摂ることになった。
「……だれ?」
「分家の者共だ。気にせずとも良い」
「ふーん……」
「先に云うが、先ずは用意された餅は2つだけ、而噛み切らずに食べなさい。又、呪猫での食事の作法は『なるべく音を立てず、全てを平等に手を付ける事』其れだけだ。心配成らば、お前の座った先の隣に居る彼奴の真似でも為ると良い」
短く告げると、式神に再び引き渡される。
×
シャン、と鈴の音が鳴った。
それから、太鼓を叩く音がどこからともなく聞こえてくる。遅れて、他の楽器も何か音を奏で始めた。
灰色の衣服を纏った式神達に囲われ、回廊をゆっくり歩く。
「(……?)」
なんだろう、と思いながら薬術の魔女は頭を動かさずに周囲をみる。何もわからなかった。
耳を澄ますと、さぁっと雨の降る音が聞こえていた。いつのまにか降っていたらしい。
だが空は明るいので、いわゆる天気雨というもののようだ。珍しいな、と頭の隅でひっそりと思う。
何か音楽の流れと同様にゆっくりと廊下を歩き、やがて中央の部屋へ辿り付いた。
中央の部屋は仕切られており、見知らぬ人々が綺麗に並んで座って居た。全員が、灰色の衣装を身に纏っている。
そして、呪猫当主の言葉通りに、黒い布の面を顔にかけ真っ黒な衣装を纏った魔術師の男の隣に座らされた。
目の前には、銀の箱型の盆に餅と複数の食事が乗せられている。
餅は丸呑みできるくらいの一口大の小さいもので、花と鳥を彫刻した脚付きの銀の皿に4つ乗っていた。餅の色は桃、緑、黄、紫の4色だ。
ちら、と魔術師の男側のそれ視線を向けると、彫刻が月と木の枝らしきものであったが食事の中身は概ね同じようなものだった。
薬術の魔女が座ると、呪猫当主が滔々と独特な発音で、何か言葉を話し始めた。何を話しているのか分からなかったが、誰か偉い人に許しを得ているらしいことだけは理解した。
それから鈴の飾りと金属の付いた棒、紙の飾りがついた棒、葉付きの枝の付いた棒を目の前で振られる。
その時は頭を下げるよう言われ、素直に下げた。だが、一体何をされているのだろうと不思議でならなかった。
一通り終わった時、妙に身体の周囲がさっぱりしている気がした。まるで浄化魔術で身体を清めたような心地だ。だが、それと何かの加護を与えられたらしい。
それから、酒を掲げるように言われる。
ちら、と横目で見ると魔術師の男が器を両手で持っていたので、同様に持つ。ふわ、と漂った香は花の蜜の酒だった。
それを三度に分けて飲み、魔術師の男の持つ器と交換した。そちらは種を使った酒だった。
同様に飲み、再び器を交換する。
そこで、何かおまじないのような儀式のようなものを行なっているらしいと気付く。悪い予感はしなかったので、流れに身を任せることにした。
酒を飲み終わると、魔術師の男が懐から紙を取り出して先程の呪猫当主のように、滔々と独特な発音で読み始めた。何かを、誓っているらしい。
そしてそれを植物の枝と共に横に控えていた式神に手渡し、再度酒の器を掲げた。
会場にいた全員が掲げていたので、仕方なしに薬術の魔女も掲げる。それを、全員が三度に分けて飲んだ。
なんだろう、と思う間に、魔術師の男が食事に手を付け始める。それに合わせて薬術の魔女も食事を始めた。
まずは餅を二つ、と桃色の餅と黄色の餅を食べることにする。ちら、と横を見ると彼は緑色の餅と紫色の餅に手を付けていた。
使う食器達は、魔術師の男と共に食事をする際に使ったものと同様だったので、大きな不安はない。
「(みんな、お顔が見えない)」
思いながら、咀嚼した食事を飲み込んだ。
言われた通りに餅を2つだけ食べて食事を終えると再び式神が現れ、薬術の魔女の手を引きその場から連れ出される。
×
その後は薬術の魔女自身に充てがわれた部屋へと連れられた。
「あ、私の服」
部屋の中心に、丁寧に畳んで置かれている。恐らく『用事が済んだのでさっさと帰れ』という事だろう。
その予想通りに薬術の魔女が着替えを終えると呪猫当主に呼び出され、帰るよう促された。
「此の札を持ち、門を出よ。然すれば、魔術アカデミーの門前に着いている筈だ」
と、札を差し出される。そして、
「ほら、お前の靴だ」
なぜか呪猫当主に、屋敷に入る前に脱いだ靴を渡された。
「(どこにもないなって思ってたら、預かってもらってたんだ)」
薬術の魔女は内心で呟く。外に出られなかったので、呪猫に居る合間はずっと屋敷内で本を読んでいたのだ。
魔術師の男はもう少し呪猫に留まるらしい。それを些か残念に思いながらも、薬術の魔女はようやく寮の自室に帰った。
※現実のものとオリジナルを混ぜてるので参考にしたものとは仕様が違います。