薬術の魔女の結婚事情
成果のお披露目。
休んだ分の勉強を友人Aとその2、その3がまとめていてくれて、友人Bは教授達に話を通してくれたらしい。
「ちょっとだけ騒ぎになってたんだけど、まあどうにかなったよ」
と友人Bはなんともないように言った。
「……みんな、ありがとう」
3人分のノートを受け取り、薬術の魔女は照れ臭そうに微笑んだ。
それから薬術の魔女は今までどおりに学校で勉強をし、魔術師の男の屋敷で本を読んだり、実験を行ったり、と今まで通りの生活に戻った。
「(……まだ、帰ってこないなぁ)」
そう思いながら。
しかし、週末には使いの猫の精霊が現れ彼の見舞いへと呪猫に連れて行ってくれるので、あまり寂しくはなかった。
×
学年末に行われた研究発表会は「大変に興味深い。是非とも更に研究してみたまえ」という評価をもらい、思いの外好評だった。
「(課題としての研究は終わったけど、もう少し研究してみようかな)」
高評価をもらい、嬉しく思いながら思案する。
「やぁっと、終わったねー」
研究発表会が終わった放課後、友人Bは疲れた様子で大きく伸びをした。
「そういえば。聞いてなかったけど、卒業したらどうするの」
そう、友人Aに将来の話を問われる。
研究発表が終われば、あとは論文を書いて卒業するだけだった。ついこの間、研究の事を訊かれたのに、もう卒業してしまう。
あっという間の日々に、薬術の魔女は感慨深く思った。それと同時に、友人達と別れてしまう事を少し寂しく思った。
しかし、それよりも。
「(卒業したら、同棲するんだった……!)」
色々あって忘れてしまっていたが、初めて顔合わせをした時にそう決めていたことを思い出した。
「(うわー……)」
緊張してしまう。
「……ちょっと。聞いてる?」
「ふぇ、なに?」
顔を上げると、友人Aが困ったような顔で見ていた。
「だから、あなたは卒業したらどうするのかって話。医者にはならないんでしょ?」
友人Aは生兎へ医者になるための研修、友人Bは交魚で首領になる修行、その2は聖女になり、その3はその1と旅に出るのだとか。
「んー。わたしはね、薬師としてお店を開きたいかな」
少し考え、そう答える。実は、店舗にしたい場所も既に見つけていたのだ。
「なるほどね。学芸祭でもお店出してたし、思ったよりもすぐにお客さんが付きそう」
友人Aは納得した様子で頷く。
「あ、そーだ。もし、思うほど売れなかったらこっちにいくつか卸してよ。そしたらいい感じに売ってあげるから」
友人Bがそう提案する。
「薬品の出来栄えは知ってるから、ちょっと値段吹っかけて売ってあげるよ」
商業の街である交魚の者らしい、だが心強い言葉だった。
「うん。その時はよろしくね。それに、今のところ大量生産はできないけど、たくさん作れるようになったら絶対にお願いするから」
と薬術の魔女は答える。
×
それから数日経って、とうとう卒業の日になった。
魔術アカデミー第六学年生達はめいいっぱい着飾り、最後の学園生活を楽しんだ。
そして、卒業式の後には成人の儀と聖女の着任式がある。成人になる、と言うことはつまり名前が変わってしまうことを表す。
「(……みんな、名前が変わっちゃうのか)」
そう思うと、なんだか不思議な気持ちであった。
成人の儀を迎えて名が変わると、家族や友人達も、その人の幼名を忘れ、成人名をその人の名だと認識するようになる。つまり、幼名を知っているのは自分と、自らそれを教えた誰かだけになる。大抵、伴侶や特別な人にしか明かさないらしい。
自分はどうしようかな、と少し考えてみる。婚約者である魔術師の男には、元々の自分を覚えておいてほしいような、そうでもないような。
書類も全て書き変わっているらしいので、なんと言うか便利だが少々不思議なものであった。
卒業パーティーでは基本的に王族が現れ、卒業生一人ひとりに祝いの言葉を掛けていく。卒業式は他の学校も同時期に行う事が多いので、王本人が現れる事はまずない。
魔術アカデミーでは、暗く赤い髪色の王弟が現れた。確か、一番上の王弟だったはずだ。
「(すごい偉い人来ちゃったなぁ)」
そう思いつつ、失礼がないよう気を付けないとと気を引き締める。確か、魔術アカデミーの卒業生だとか。
ともかく。薬術の魔女は魔術師の男に教えてもらった通りの礼儀作法で声を掛けられたその場をどうにか乗り切った。
退出する前に、
「あいつ……お前の婚約者の事、宜しく頼む」
と、よくわからないがよろしく頼まれる。知り合いなのかな、と少し過った。しかし、聞き返す時間も無いので
「はい。分かりました」
そう、薬術の魔女はとりあえず頷く。会えた時、彼に聞いた方が良いだろうと判断した。
そして卒業パーティーが終わった後、その流れで聖女の就任式と成人を祝うそれに代わる。
×
聖女の就任式では王弟や枢機卿と呼ばれる上位の聖職者が現れていた。枢機卿の人達は真っ白い衣装に顔を真っ黒い布で覆い隠している。そこには見覚えがあるような、黒い目隠しをした人も見えた。
そして。
王弟にその2は聖女に任命され、『聖女名』としての名を冠したのだ。
×
「ねぇ、洗礼ってどんな感じかなぁ」
それから洗礼用の真っ白い衣服に着替え、成人の儀を迎える者達は待つ。
成人の儀での待ち時間では、小さな声での談笑や配布される物の飲食が許可されていた。長時間に及ぶとわかっているからだ。他に許可される行為は、聖典の閲覧くらいである。
「呼ばれたら向こうの部屋に行くのよ。そして水の中に太腿まで浸かって……祈るんだったかしら。そうしたら、白い美しい人が現れて、頭に水を掛けて、名前を教えてくれるんだって聞いたことはあるけれど」
そう、友人Aは答えた。すると、それに合わせるように
「水のせせらぎのような声だって、聞いたことあるなぁ」
と、友人Bも言う。
「洗礼を施すのは、『癒しの神』とか言う存在らしいけど」
そして「まあ聞いた話だしね」と肩をすくめた。
名前を聞いた後は部屋から出て、聖女から花を貰い、身体を乾かすのだそうだ。
その2の、聖女としての初めての仕事らしい。
それから数名が呼ばれた後、薬術の魔女の順番が訪れた。
×
緊張した面持ちで部屋に入るとタイル張りの部屋で、白い石像と水の張った湯船のような物があった。それで、湯船のような物を見、屋敷や呪猫の風呂場を思い出す。
中を覗き込むと、中の水は清潔そうで安心した。
『……』
水に両足を入れた時、涼やかな声がする。「(あれ、違う声だ)」と思い周囲を見回すが、姿は無かった。不思議な感じだと思うも、大人しく声を聴く。
『貴女の内なる名は……貴女の中に在ります』
涼やかな声はそう、はっきりと告げた。
「わたしの、中……?」
『見つけ出して』
言われるままに、目を閉じて集中する。と、何かを見つけた……気がした。
「……わたしは」
ーー自分は『癒す者』。
そう認識した刹那、ぶわ、と春風のような強い空気の流れがあった。
髪が風にたなびき、体が生まれ変わる。
花が綻ぶように、何かが咲いた気がした。
『……見つけられたようですね。では、この空間から早く出なさい。そろそろ、わたくしも戻らなければ』
……戻らなければ? さっきまで居た訳じゃないの、と聞く間もなく空気に押されて部屋から追い出された。
「どうぞ、お花です」
と、その2基新米聖女から花を手渡され、身体が温められ服が乾いていく。
これで、成人の儀は終わった。
×
卒業式や諸々が終わり、彼女は寮の自室に戻る。
それから身に付けていた服を脱いで、用意していた私服に着替えた。
そのあと、脱いだドレス達を残りの荷物と共に箱に詰め、木の札で魔術師の男の屋敷にある部屋に送る。
「……よし、もう荷物はないね」
周囲を確認し、頷いた。
春休みの時点でほとんどの荷物の運び込みは全て済み、あとは寮に鍵を返すだけとなる。
「六年間ありがとねー」
部屋にお礼を告げ、彼女は財布などの手持ちの荷物と共に寮の自室を後にした。
そして。
「……あ、」
寮の門の前で、魔術師の男が待っていた。