薬術の魔女の結婚事情
帰路。
寮から屋敷に行くまでの道のりで、薬術の魔女は魔術師の男に卒業パーティの話をする。
卒業パーティで王族に挨拶をした事、その2が聖女に就任した事、その後に行われた成人の儀のことなどだ。
成人の儀と洗礼については、先程少し会話していたので別に話さなくても良いかと薬術の魔女は思っていた。だが、
「成人の儀では何の様な場所で、何の様な事を行ったのですか」
と、なぜか彼は洗礼のことを深く聞きたがった。なので
「洗礼の場所は貴族コースの人たちのところにある教会だったよ。それで、礼拝堂の奥に洗礼の場所があったの」
そう、建物の様子や周囲の様子、何を食べたのだとか何を読んだのだとかを伝える。
きっと、彼は洗礼を受けたことがないらしいからだろう、と薬術の魔女は思った。
「それとね、よくわかんないけど王族の人にきみのことを『よろしく頼む』とか言われたよ」
一通り話した後、言われていたなと彼女は思い出し、それも魔術師の男に告げる。
「……然様ですか」
すると、魔術師の男は曖昧に笑って返事をした。それはなんとなく気まずさと呆れが混ざったような様子だ。だが、嫌悪のような感情は見えない。
「相性結婚の通知が来て、初めて会って。……色々あったね」
薬術の魔女は懐かしむ様子で目を細めた。思い出すと不思議な嬉しさがこみ上げる。
「全く手紙のやり取りしてなかったり、きみが視察で来たりしてさ」
「……そうでしたね」
「学芸祭に来てくれたこと、結構嬉しかったんだよ」
一緒に学芸祭を見て回ったことや、実はお互いに学芸祭を見て回るのは初めてだったことを思い出した。
一年目を振り返りながら、薬術の魔女は魔術師の男に問いかける。
「そういえばだけど。なんで最初の学芸祭のとき、三日も来てくれたの」
「……其れは、視察であった事と、運良く余分の仕事が無く休暇が取れたものなのであまり気にせず」
「んー、そうなんだ」
薄く微笑む魔術師の男にどこか違和感を感じ、彼女は口を尖らせるが深くは聞かないことにした。
「五学年の時はー……」
言いかけて、薬術の魔女は眉間にしわを寄せた。恐らく、精霊に襲われたことや、修学旅行のことを思い出したのだろうと魔術師の男は推察する。
「……勉学等、捗ったのではないですか」
魔術師の男は図書館や屋敷での学習のことを問いかけた。
「あ、そうだったね。あと、雨祭り。連れて行ってくれたよね」
あれも楽しかったよ、と薬術の魔女は彼に視線を向ける。
「貴女はとても楽しんでいらっしゃいましたね」
こちらを見ていなかったが、魔術師の男は少し柔らかい表情をしていた。それを見て、なんだか胸がいっぱいになる。
「きみとだから、楽しかったんだよ。また行こうね」
「えぇ。今度、連れて行って差し上げましょう」
「ほんとー!」
思わぬ魔術師の男の提案に、嬉しそうに目を輝かせた。
「……今年は、楽しかったですか」
こちらを見下ろし、彼は問いかける。
「うん、もちろん! きみが倒れちゃったのはびっくりしたけど、きみのお家にも行けたし。わたしはよかったって、思うよ」
きみは? と言いたげに薬術の魔女は魔術師の男を見上げる。
「そうですねぇ……まあまあ、面白くはありましたか」
口元を緩め、彼は答えた。不思議と、その言葉は一緒に月を見上げた日よりも、幾分か本心に近いようなものに思えた。
「そっかー」
それを良い進歩なのだろうと思い、薬術の魔女は嬉しく思う。
「ところで。ちょっと気になったんだけど、猫のところでやったあの食事会ってなに?」
首を傾げ、彼女は魔術師の男を見上げる。実はずっと気になっていたのだ。
「食事会、ですか」
「なんとなーく、披露宴みたいだった気がするんだけど」
「……気の所為では。食事会等、訪れた者を饗応するのは当然の話でしょう」
思考を巡らせるようにやや目を逸らし、彼は答える。
「じゃあ。あのときの器、綺麗だったよね」
答えてくれなさそうだと察して、別の質問に変えた。
「器、とは」
「えっと。おもちが乗ってた、花と鳥、月と枝の彫刻がされてたやつかな。絵の意味とか教えてくれるなら知りたい、かも」
銀の器に彫刻された絵柄がとても印象に残っていた。
「あれですか。あの器達は『対』となっているもので」
「『対』?」
「はい。花と月、鳥と枝とが対なのです。月と花が『美しいもの』鳥と枝は『めでたきもの』です」
頷き、魔術師の男は言う。
「へぇー。なんか、セットのやつって夫婦みたいだね」
「……そう思いますか」
薬術の魔女の言葉に彼はやや首を傾げ、
「簡単に言えば縁を結ぶ為の道具なのですが」
と答える。
「えにし?」
「まあ。『来てくれてありがとう。感謝しています』みたいなものですね」
魔術師の男は薄く微笑を浮かべた。
「ふーん……」
そこだけ嘘はついていないらしいことしか、薬術の魔女には分からない。
×
そしてようやく、二人は屋敷の前まで辿り着いた。
「おじゃまします」
玄関の扉を開け薬術の魔女が言うと、
「本日より貴女の住処にもなるのですから、『ただいま』でも宜しいのでは」
そう、魔術師の男は言葉をかける。
「そっか……ただいま」
「ええ。御帰りなさいませ」
照れ臭そうな彼女に、魔術師の男は微笑んだ。
「きみも!」
ほら! と嬉しそうな薬術の魔女に、彼も告げる。
「……只今、戻りました」
「うん、おかえり!」