薬術の魔女の結婚事情
いどころ。
家に着いた後は薬術の魔女は自身の荷物を移動させたり、まとめたりしていた。それは今日からこの部屋に住むためだ。一先ずは睡眠と着替え、移動とができるように場所を空けた。細かいことはまた明日以降にしようと薬術の魔女は考えている。なぜなら、明日以降もこの部屋で過ごすことがわかりきっていたから。
「えへへ。明日からも、ずっと」
頬を抑え、彼女はにまにまと締まりのない顔をしていた。『ずっと一緒に居られる』そう思うだけで、なんだか表情が緩んでしまう。やっぱり好きだからかな、と思い恥ずかしくなった。
そして、魔術師の男が夕食の用意ができたと呼ぶ。
「あ、はーい」
にやける顔をどうにか元の顔に戻し、薬術の魔女は彼の下へ向かった。
×
夕食は遭難後に初めて泊まった時のように美味しく、なんだか胸がいっぱいになる。
「作ってくれてありがとう。きみの作るご飯、おいしいし味付けも好きなんだ」
そう、にこにこと薬術の魔女は魔術師の男に告げた。すると彼は少し目を見開いた後、視線を逸らす。
「……お気に召されたようで。其れはよかった」
顔色は変わっていないがどうやら照れているらしい、と薬術の魔女は直感的に感じた。それを可愛らしく思いながらも、指摘はしないで置く。
「……其れで」
「うん」
夕食を終えた後、魔術師の男は薬術の魔女に問いかける。
「早速ですが、『お試し期間』とやらを何時から開始を致しますか?」
いよいよ、本格的に相性結婚の制度と向き合わねばならなくなった。それをようやく自覚し、緊張からか薬術の魔女の背筋が少し伸びる。
「えっと、手続きとかが必要なんだっけ?」
「はい。其れと居住地の変更等の手続きも発生しますね」
「んー、そうだった」
住居の移動についても、お試し期間を始めるためには書き換えや変更手続きが必要になる。だが、お試し期間や色々で必要な書類は顔合わせをした時にまとめてもらっていたので、書類を貰いに役所などにいく必要はない。
要は書類の記入と提出さえ行えば、いつでもお試し期間を始められる状態だ。
「では。折角なので、年度が切り替わる秋の頃に始めますか?」
「うん。それがいいかも」
「成らば。日付の部分だけは除いて、他の内容の記入だけはしておきましょうか」
そうして、お試し期間の手続きや入居の手続きの書類など、相性結婚に関係する書類を記入した。
魔術師の男が宮廷の者だからか、思いの外早く手続きの記入などが終わる。
「色々、手伝ってくれてありがと」
「いいえ。造作も無い事なので気にせず」
薬術の魔女が礼を言うと、彼は緩く首を振った。
「そう?」
「其れに。私が居なくなれば全てを御自身で行う事になるのですからね」
そして、彼女に言い聞かせるようにそう告げる。
「……なんで、そんな寂しいこと言うのかな」
不満そうに薬術の魔女が呟くも、
「何事にも、『絶対』『永遠』等無いでしょう?」
と、魔術師の男は答えた。
×
「(……なんだかなぁ)」
寝る準備を済ませ、薬術の魔女は自分のものとなった部屋のベッドに横たわる。空っぽだった部屋は、すっかり本棚や薬品棚が置かれたり、薬術の魔女の服が複数かけられていたりと、生活感がうっすら生まれ初めていた。
次は、床に置かれている薬草の鉢植え達をどうにかしなければならない。
「(そういえば、初めて会った時に『鞍替えしてもいい』とか、『良い方が出来れば逢瀬するなりしても構わない』とか言ってた)」
すっかり忘れていたが、薬術の魔女は魔術師の男自身から好意らしき言葉をもらったことがないと今さらながら気が付いた。
「(……)」
ぎゅ、と、ねこのぬいぐるみを抱きしめて寝返りを打った。
プレゼントを送ってもあまり嫌がらない、お返しをくれる、迎えにきてくれる。
「(くっついても、嫌がらない)」
嫌ってはいないだろう。
どちらかと言えば、好ましく思ってくれているのではないだろうか。
「(そうだったら、嬉しい)」
そう思いながら、薬術の魔女は眠りに就いた。