薬術の魔女の結婚事情
縁結び
薬術の魔女が自室に戻ったのを確認し、魔術師の男は安堵する。
「(……如何にか、儀式の真意には気付かれないで助かったが)」
彼自身も、書斎の方の自室に戻った。以前、彼女と眠った方ではない自室だ。そこには山ほど積まれた仕事の依頼書や魔術・呪術に関連する禁書や資料がある。
「(…………意外と、聡い方の様だ)」
さすがは、『魔女』と呼ばれるだけの素質と技量のある娘だと、感心した。
彼女は、興味のない物事にはとことん興味が無い。
だが、一瞬でも興味を持った物事に対する思考力が随分と高い。
『魔女』と呼ばれるためには、相当な専門性の高い知識と実力を示す必要がある。専門的な知識があるだけならばただの専門家。『魔女』と呼ばれる者は脅威だと思わせるほどの危険性も兼ね備えているのだ。
「(……若しや、意外と面倒な事になったのでは)」
と、思ってしまうがなったものは仕方がないし、仕掛けてしまったものも解きようがない上にむしろ解く気も更々ないのでどうしようもない。
魔術師の男が呪猫で薬術の魔女に仕掛けたそれは無論、自身と彼女の縁を強く結び付ける呪術だ。
同じ食物を割り切れない数で交互に体内に取り入れて縁を繋ぎ、婚姻の様な手順を行うことで、同族化させる。そういう呪術。
先程、薬術の魔女が『披露宴のような』と言っていたが、それは擬似的なものであれ本当に披露宴である。その上、彼女が注目した絵柄の意味は『比翼の鳥』と『連理の枝』を意味し、仲睦まじい夫婦に関わる言葉だ。
薬術の魔女を『夫婦』という、最も縁の繋がった他人同士を想起させる呪術で彼女とその魂を絡め取る。それ以外に方法はない。
いつ消えるかわからない妖精ならば、消えられなくなるまで縁を重ねる。
それが、魔術師の男と呪猫当主が出した結論だ。
魔術師の男自身を認めてくれた唯一の相手であり、吊り合いを取るためにも必要な相手。利害が一致しているので、異論はなかった。
「(……彼女は自由を好む気質であまり、乗り気にはなれなかったが)」
魔術師の男は小さく溜息を吐く。
一度、縁を結ぶ呪術を仕掛けてしまったのだから、遣り遂げるしかない。
毒を喰らわば皿まで、手を出したならば終いまで。
「(其れが、呪術の基本なのだから仕方が無い)」
兄が呪術に一定の知見を持つ者で良かったと、やや不本意ながらも安堵した。他の者ではこうはいかない。呪術などというあるかどうかも分からない曖昧な力になど、普通の魔術師や呪猫の者は力を貸さない。
「(あの娘には、成る可く手遅れになる程迄気付かれぬ様にしなければ……)」
どういうわけか、彼女は魔術師の男自身に興味を持ち合わせている。なので、あまり下手なことあるいは露骨なことはできそうにないだろう、多分。
「(次に縁を結べそうなものはあれか)」
と、魔術師の男は見当をつける。
それは、もうじき行われる『雨祭り』。
奇しくも、彼女が行きたいと言った催事である。
あれは基本的には浄化に関連する祭りであるが、めでたい日であり、婚姻に向いているとされているので、むしろ上手く使えばより強い縁を重ねられそうだった。