薬術の魔女の結婚事情
道中での出来事。
翌朝、薬術の魔女は窓の外を眺めて首を傾げた。
「あれ、晴れてるね?」
真っ青な綺麗な色の空が覗いている。彼の告げた予想の占いでは雨だったはず。
「えぇ。雨天を晴らした様子で」
同じく、窓の外へ視線を向けた魔術師の男は答える。占いが外れた訳ではないと、言外に彼は云ったのだ。
「へぇー、そうなんだ」
頷きながら、やっぱり負けず嫌いみたいだな、と薬術の魔女はなんとなく思った。占いが外れたと思われたくなったのだろう。
「矢張り、『目出度いもの』とはいえ、雨天では色々と不便は有りますからね」
「んー。そう言われてみれば、そうだね?」
場所は違うけど、去年行ったお祭りみたいに雨の降る中で行うのも悪くないのに、と薬術の魔女は思う。湿度が高いことや水で濡れてしまうことはあれど、なんとなくそれが『あるべき姿』のような気がした。
「……雨天の方が宜しかったですか」
首を僅かに傾け、魔術師の男は彼女に問いかけた。拍子に、彼の黒紫色の髪がさらりと動く。
「ううん。きみと出かけられるなら、割とどんな天気でもいい気がする」
薬術の魔女は頬杖を付き、
「……それなら、晴れの方がいいかもね」
と、空を眺めながら彼女は答えた。
×
いつのまにか用意されていた朝食を食べ、二人は出かける準備をする。
「この服なーに?」
式神に着付けられながら、薬術の魔女は問いかけた。それは、生地の薄い鮮やかな柄の服だ。
「夏場等に着る為の簡易的な衣類です」
衝立の向こうで魔術師の男の声がする。魔術師の男は薬術の魔女の方にだけ式神を寄越していたので、恐らく自身で着られるのだろう。
「ふーん?」
以前呪猫で着た、就寝時の服に少し似てると思いつつ相槌を打った。
×
着替えが終わり、薬術の魔女は衝立で囲われた場所より出る。すると、着替え終わっていたらしい魔術師の男が待っていた。彼の服は薬術の魔女が着ている服よりも随分と暗く地味な色合いで、上にもう一枚濃い色の上着を羽織っている。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いいえ。女人の服は手間が掛かるもの。気にして居りませぬ」
と、薬術の魔女のほうを見て微笑んだ。
「矢張り。見立て通り、其の色は似合いますね」
褒められた、と嬉しくなっていると
「此方へ入らして下さいまし」
そう、魔術師の男が手招きをする。
「なに?」
招かれるまま近付くと、彼は背後に回った。そのまま薬術の魔女の髪に何かを塗り始める。随分と慣れた手付きのようだ。
「髪を結って差し上げる」
「え、結ぶだけでいいよ?」
縫っているのは整髪料だろうか、と思いながら彼に言葉を返す。
「御遠慮召されるな。折角です、御髪に簪を挿してみましょう?」
「なに?」
いう間にするりと髪が巻かれてゆく感覚があった。最後に何か硬いものが頭皮に触れる。それから、きゃらきゃらと高い音が聞こえた。
「其れと。化粧を少々、致しましょうね」
「わ、いいよ、そんな」
前側に回り、彼は薬術の魔女に目を閉じるように促す。止めても聞かないなと思ったので、おとなしく目を閉じた。
×
「完了致しました。似合うておりますよ」
「そうかな? お面で顔隠しちゃうけど」
差し出された手鏡越しに薬術の魔女は自身の顔を見る。目を凝らせばようやく判別できる程度に薄っすらと肌を白く塗られ、目元や口元に淡く赤い色がついていた。
少し頭を傾け髪のほうを見ると、五枚の花弁の鮮やかな色合いの花を模した飾りが付いている。きゃらきゃらとした音はその飾りの一部からするらしい。
「良いのです。貴女が化粧をしていると私が知っているので」
「うん?」
よくわからないが、変ではないので良いか、と薬術の魔女は思うことにした。
「髪を揚げているのも良い」
にこ、と目を細める魔術師の男に、なんとなく頬に熱が集まる。
「こういうのが好きなの?」
照れを隠し、そう聞いてみと
「いいえ。貴女に似合っているので良いのです」
そう、彼は答えた。
「え」
「では、祭りに行く序でに貴女の要望通りに街を歩きましょうか」
戸惑う間に魔術師の男が提案をし、外へ出ることにする。
「なんか雨降りそうな空気なのに、雨が降ってないから、ちょっともやもやする」
空を見上げながら、薬術の魔女は呟いた。
「……ふむ。分かりますか」
「うん。山とか入ったら天気はすぐに変わるから、空気の気配のは気を付けてるんだ」
「成程」
×
街は少し賑やかで、二人と似た格好の者が多く居た。
「なんだか結構活気があるね」
「そうですねぇ。庶民区域と上流区域では、少々仕様が変わりますから」
魔術師の男は微笑む。
と、
「あ、アンタ来てたのか」
突然、若い男性が魔術師の男に声をかけた。近くに野菜を並べた店があるので、その店の者だろうか。
「この間のまじない、すっごく効いたんだ、助かったよ」
男性は手が届くほどの距離にまで近付き、会話を続ける。
「……だれ?」
やや近い気がするその距離に驚き、少し魔術師の男の影に隠れるようにして薬術の魔女は問う。
「以前、怪我をしておられた方です。其の節はどうも。未だ痛むようでしたら医者に診て貰いなさい」
「そうだな、金があればなぁ」
魔術師の男の言葉をけらけら笑い飛ばす男性に、魔術師の男は小さく溜息を吐いた。
「……呪いは万能ではないのですよ」
「わかってるって。いやぁ、助かったから礼をさせてくれよ」
いうなり、男性は店の奥に引っ込み
「ほら、形は悪いが出来の良い野菜だ。うまいやつだから持っていってくれ」
と、大きな葉野菜を魔術師の男に押し付けるように手渡したのだった。
「なぁ、そこの小さい別嬪さんはどうしたんだい」
「わ、わたし?」
男性は魔術師の男の影に隠れていた薬術の魔女に気付き、問いかける。
「娘さんかい? それにしちゃあ随分育ってる気もするが」
「…………伴侶になる予定の方です」
目をやや横に逸らしながら、魔術師の男は答えた。その言葉に薬術の魔女は頬が熱くなる。『相性結婚』で出会ったのだから当然の説明なのだが、それが嬉しかったのだ。
「へぇ、そいつぁ大変だなぁ」
言いながら男性はもう一つ、根野菜を取り出し
「じゃあその別嬪さんに免じてもう一本付けてやるよ」
押し付ける。
「じゃあなー」
そして、男性は用は済んだとばかりにさっさと去った。
「……押しがすごかったね?」
遠ざかる背中を眺め、薬術の魔女は呟く。
「…………そうですね」
曖昧に微笑み、魔術師の男は相槌を打った。
そして。
「最近、見かけないからどうしたもんかと思ってたんだ。これやるよ」
「へぇー、嫁さんもらったのか。じゃあもう一つおまけだ」
「可愛い子だねぇ、これあげるよ。お食べ。アンタもでっかいんだからよく食べるだろ、これ持っていきな」
というのを道中で数度繰り返し、いつのまにか大量の野菜や魚、肉、果物、米、菓子などを受け取る羽目になっていた。