薬術の魔女の結婚事情
清め禊ぐ雨のお祭り。
「結構きみってさ、街の人から好かれてるみたいだね?」
魔術師の男が抱えている『贈り物』達を見ながら、薬術の魔女は少し悪戯ぽく笑いながら問いかける。
「……別に。唯、日銭を稼ぐ為だけに物探しや畑仕事等を手助けしてやった程度です」
呪いや簡単な手当もその序でです、と彼はやや不機嫌そうな様子で答えた。
「……ふーん、そうなんだ」
ちら、と顔を見上げるとその目元が普段より血色がよく見えたので
「(照れてるな)」
と、なんとなく確信した。彼の新しい一面を見られてうれしくなる。
街をただ歩いていただけなのに増えた持ち物を見、
「その荷物、どうするの?」
薬術の魔女は問いかける。まだ時間はあるとはいえ、このままでは雨祭りをあまり楽しめなくなるのではと心配になったのだ。
「此れ等は、空間魔術で収納致します」
魔術師の男はさらりと答えて、持っていた物達を消した。
「そっか。……もしかして、それでその魔術使えるの?」
彼に視線を向けると、彼は少し目を伏せやや面倒そうに答える。
「違います。まあ、確かに結果として上手くはなりましたが、元は荷物運びの為に学生時代に習得したものなので」
「そうなの?」
「はい。荷物は自身で持ち運ばなければ、姿を消します故」
「ふーん……」
なんとなく、あまり訊かない方が良かった話かも、と少し気落ちした。
×
呪猫で行われる雨祭りは、以前行った別の場所での祭りと同様に、木枠に紙を張った灯籠が会場中に飾られ、たまに吹く風で僅かに揺れていた。
「飾り、いっぱいだね」
着いた会場を見、薬術の魔女は嬉しそうに目を細める。魔術師の男とまた一緒に出掛けられたことに喜んでいた。同棲を始めてからの、初めてのお出かけなのだから。
「そうですねぇ。……何か、買いますか?」
並ぶ屋台達に視線を向け、魔術師の男は問いかけた。屋台はほとんどが食べ物を売る店だったが、玩具や生き物を売る物等もちらほら見える。
「んー、なにか面白そうなのがあったらね」
周囲を見回しつつ、彼女は答えた。その様子は店や環境の様子を確認しているようで、どことなく好奇心旺盛な仔猫の様にも見える。
興味深げに周囲を見る彼女は、ふらりとどこかへ歩き出そうとした。
「……逸れないで下さい」
呟き、彼は薬術の魔女の右腕を引く。
「わ、」
引かれて、彼女は魔術師の男にぶつかった。
「なに?」
「言ったでしょう。極希に、精霊や色々が、成人未成人関係無く連れて行ってしまいます」
見上げる薬術の魔女に、彼は少し困った様子で諭した。せっかくの祭りだというのに、行方不明になったら楽しいどころではなくなるからだろう。
「そうだったね」
照れ臭そうに薬術の魔女は笑った。
「……なので、私から離れないで下さいまし」
「うん、ごめんね。できるだけ気をつける」
「出来るだけ……ですか」
「だって……」
聞き返す彼に、薬術の魔女は口を尖らせる。珍しいものを見かけると、追いかけてしまいたくなるのだ。
彼女は好奇心には負けてしまうタイプだった。明らかに危険な場合はともかく、ちょっと危険な程度では足を止めない。今までも、その程度なら最終的には何とかなっていたからだ。
そう言ってもきっと魔術師の男は納得しないか呆れるだろうから、薬術の魔女は言わないでおいた。仲のいい友人達でさえ、それを伝えた時に呆れたのだ。きっと、彼もすぐには納得しない。
それから、果物の表面を飴で固めたものや、繊維状の砂糖菓子、一口大の食べ物などを食し、的当てや御神籤を引いたり、御守りを買ったりなどをして、雨祭りを楽しんだ。
「最後に。此れに、火を灯して下さいまし」
「これなに?」
最後に、魔術師の男が小さな灯籠を差し出した。小さな灯篭は紙と木枠で構成された、何の変哲もない普通の灯篭である。
訝しみながらも、薬術の魔女は差し出された灯籠に魔力で火を灯す。
「『清めの灯籠』です。本来は此れを川等に流すものですが……」
呟き、魔術師の男も別の小さな灯籠に火を灯した。
「此度は流す場所も有りませんので、持ち帰りましょうかね」
そして、空間魔術で灯籠をどこかへと仕舞った。
それを『変なことするなぁ』と思いつつ、薬術の魔女はただ見る。